他業種から介護職へ移った方が陥りやすい「マニュアルの罠」

介護

介護・福祉歴も通算で約15年にもなると、新人さんの指導を任されることが度々ありました。

その中には福祉や介護とは全く別の業種で働かれていた方も多く、最近では新型コロナウイルスの影響で仕事を辞めて介護業界へ足を踏み入れた方もいました。

今回はそういった新人さんとのやり取りを通じて、他業種から介護へ業種変更をした方が陥りやすい「マニュアルの罠」についてお話していきます。

「これで合っていますか?」

障害者施設に入職したその方は未経験ということで、人へ直接サービスを提供したことがありません。介護と言えばテレビの認知症特集で見かける程度だという話でした。

映像ではエプロンを付けた介護士さんが甲斐甲斐しく介助する姿を見て「介護とはこういうものだ」というイメージを持っていました。


そのようなテレビで放映される高齢者介護と、新人さんが直面する障害者施設での障害者支援。

この二つは「利用者が生活をしていくうえで困難な部分の手助けをする」という本質的な部分ではさほど差はありません。「困難な部分」を示す言葉が「要支援・要介護」なのか「障害区分」なのかというくらいです。

ですから介護士なり生活支援員なりで入職した方に求められる仕事にも本質的な差はなく、高齢者介護であっても障害者支援であっても「目の前の利用者さんと向き合う」ことに変わりはないのです。


例として、食事介助の指導の一コマを見ていきましょう。


まず基本的な技術や利用者さんの特徴を口頭で伝えて、実際に食事介助をしていきます。

食事において大切なのは「おいしく、安心して食べられること」であり、今回の利用者さん個別のニーズも同様です。僕と利用者さんはテレビを見ながら会話を挟みつつ次々食事を食べていきます。



そうして程よく見てもらったところで「じゃあ側で見ていますから代わりましょうか。何かあればその都度お話ししますから」と新人さんと交代します。

すると、実際に目の前で食事介助を見ていたにも関わらず、どうにも腑に落ちていない様子でした。

何度か新人さん自身が介助して、次の一口、とスプーンで食事をすくって利用者さんの口元近くに運んでみても「う~ん」と唸ってスプーンを下げてしまいます。大きく口を開けた利用者さんも「あれ?」といった感じでいったん口を閉じてこちらを見てきます。


「どうしました?」と確認してみると


「いや、あの~、これで合ってるんですかね?」


と僕に尋ねてきました。どうにも自分のやり方に不安があるようです。

「合っているかどうかを決めるのは僕ではなくこの方(利用者さん)ですよ」と僕は伝えます。その言葉にさらに戸惑ってしまう新人さん。手が完全に止まってしまいました。



何について悩んでいるか、こちらには見当がついています。
「自分のやり方が合っているか自信がないから、この方に合った介助の仕方を教えてほしい」と悩んでいるわけです。

しかしその利用者さんに合った介助方法を決めるのは僕ではありません。
新人さんと、利用者さんの間で決めていくことなのです。


もちろん全くの未経験ということですから、誤嚥や服薬など生命にかかわるようなミスが起きないように見守りは行います。ただ介助のやり方については大枠を外していなければ細かい指導はしません。

大切なのは、これまでの説明を受けたうえで利用者さんとどう関わるかです。
手持ちの情報が少ない中で、自分から利用者さんとどう関わるかを探っていくことが求められているわけです。


しかし新人さんとしては「どう関わるか」の答えが欲しい訳です。やり方さえ教えてくれれば自分にも僕(慣れた職員)と同じように仕事ができるのだから、と。


これこそ、他業種から介護へ業種変更をした方が陥りやすい「マニュアルの罠」なのです。

マニュアルの罠

世に中には多くのマニュアルが存在しますし、もちろん介護業界にもあります。

マニュアルに従って仕事をすれば誰でも一定の成果が出せるよう社会は成り立っていますし、その社会に生きる僕たちがマニュアルを求めるのは自然の流れでもあります。


ただしマニュアルが機能するのは、適用させる対象が「モノ(物体)・コト(体験)」である場合のみです。
「ヒト」に対してマニュアルは十分に機能しないのです。


例えば。


製造におけるマニュアルは「求められる性能も持った商品(モノ)を量産する」ために定められているわけですから、そのマニュアルに沿えば誰にでもほぼ間違いなく同じ性能を持ったモノを作り出すことが出来ます。

接客業のおけるマニュアルは「顧客へ適切に対応しサービスの提供する」ために定められており、マニュアル通りにコト(体験)を進めることで品質を保ちながらサービスを提供することになります。


ところが、これが「ヒト」となると話が違ってきます。
「ヒト」と「モノ・コト」へのサービスの最大のちがいは「対象の個別化」にあります。


例えば、僕とこの記事を読まれているあなたは別の「ヒト」ですから、僕への対応とあなたへの対応は当然異なります。

僕へプレゼントを贈ろうとする場合は甘いものよりも本のほうが適切ですし、あなたへは逆かもしれません。

それは僕とあなたが別の「ヒト」だからであり、ここに「プレゼントには甘いもの」という「コト」のマニュアルを持ち込んでしまうと、過度に甘いものを食べると頭が痛くなりがちな僕はちょっと切なくなってしまいます。


介護でも同じことが起きます。


先ほどの例で言えば、食事介助という「コト」のマニュアルを優先してしまうと利用者さん個人を尊重できなくなるということです。

マニュアルが補えるのは食事介助という大まかな「コト」までで、その利用者さんといった個別の「ヒト」までは及ばないのです。それどころかマニュアルを順守することでかえって利用者さん個人には合わなくなることもあります。

介護においては「コト」のマニュアルありきで業務を捉えてしまうと個別の「ヒト」である「利用者さんの求めるもの(ニーズ)」に十分に応えられない、ということですね。



そうなると、新人さんに「この人にはこういう風にしたらいい」といったマニュアルを伝えてしまえば利用者さん個々のニーズを意識しないまま介助をしてしまうことになりますから、介護職の新人育成としてはふさわしくないわけです。

表面上の介助をマニュアルで補ってしまうと、それで「仕事ができた」と感じてしまいます。しかし本当にしなければいけないのは個々のニーズを満たすことであり、マニュアルはそのニーズを満たすための一つの手段でしかないのです。


個々のニーズを満たすことを軸に置くと「その為の手段は介助者と利用者の関係性の数だけある」ということになります。

なので、僕と利用者さんのやり方(マニュアル)を伝えたところで新人さんと利用者さんの関係性では成り立ちません。最悪利用者さんから介助を拒否されてしまいます。


「あなたのことはまだそこまで信頼していないよ」と。

まとめ ~相手に寄り添う介護を~

人との関係性を築くには「この人なら安心できる」という信頼が欠かせません。特に直接人と関わる介護では、お互いの信頼関係がなくてはままなりません。


では、信頼関係はどのように築かれていくものなのでしょうか。


それは「相手に寄り添う」ところから始まります。



相手に寄り添うためには、まず自分から関わろうとする必要があります。そしてその関わり方には「こうしたら相手と仲良くなれます」といったマニュアルはありません。

なぜなら相手は「ヒト」なのですから、他の人と同じやり方が通用するとは限らないからです。

そのやり方は、その人と利用者さんの間だから成り立っているだけで。
決して、新人さんと利用者さんの間で最初から効果を発揮するやり方ではないのです。


つまり最初からマニュアルを求めても「ヒト」へのサービスにおいては意味がなく、「ヒト」へアプローチしていくためには根気よく関わり続けるより他ないのです。


1回2回関わろうとして拒否されるのは当たり前で。
10回断られて心が折れそうになるのは誰もが通る道で。
100回断られてなお関わろうとするその誠実な思いこそが、101回目での受け入れを導くのです。


断られる数は、介護士として試されている数です。

断られてなお自分に寄り添おうとするか、改善思案するか。
その想いの強さで介護士が信用に足る人物かを見極めているのです。



そうした営みを通して築き上げた関係性だからこそ、利用者さんは安心して自分の体を介護士さんに預けられます。そしてその想いに応え続けることで介護士さんは一人前へと鍛えさせてもらえるのです。

ゆえに介護職の新人教育では、最低限の知識・技術を伝え終わった後は「実践あるのみ」なのです。


先輩職員が見守る「安全」なうちに、利用者から信頼されるほどの相手となれるか。


介護職の新人に求められるのは要所の介助力ではなく、相手との信頼関係なのです。

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