「どう接すればいいかわからない」――認知症の人との、心をつなぐコミュニケーション

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介護
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「否定しちゃいけないと思っても、つい訂正してしまう」
「機嫌よく過ごしてほしいのに、何を話しても噛み合わない」
「良かれと思って接しているのに、なぜかうまく伝わらない」

そんなもどかしさを感じたことはありませんか?

以前の記事で、介護拒否日々のイライラとの向き合い方についてお伝えしてきました。しかし「気持ちはわかっていても、実際にどう接すればいいのか」という具体的なコミュニケーションの方法までは、まだ十分にお伝えできていませんでした。


この記事では介護福祉士として15年以上現場に携わってきた経験と、日本の介護現場で実際に活用されているコミュニケーション理論をもとに、認知症の方との心をつなぐ関わり方について、できるだけ具体的にお伝えします。

今回の記事を読むことで


  • 認知症ケアの土台となる、日本の介護現場に根付く基本的な考え方
  • 「バリデーション」――感情を否定しない関わり方
  • 「ユマニチュード」――見る・話す・触れる・立つの4つの技術
  • 日本の介護現場で、実際にどんな研修が行われているのか
  • 今日から真似できる、場面別の具体的な会話例



これらの内容がわかり、「どう接すればいいかわからない」という戸惑いが、「こう関わってみよう」という具体的な一歩に変わるきっかけになれば嬉しいです。


※本記事で紹介した技法は、認知症ケアの一つのアプローチです。症状や状態には個人差があるため、対応にお困りの場合はかかりつけ医やケアマネジャー、地域包括支援センター等にご相談ください。


なぜ、「正論」は認知症の方に届かないのか

以前の記事でもお伝えした通り、「お風呂に入らないと体に悪い」「病院に行かないと手遅れになる」という正論は多くの場合、相手の心には届きません。

これは認知症という病気の性質を考えると、当然のことでもあります。認知症が進行すると、物事を論理的に理解する力よりも先に、「この人は自分の味方か、それとも敵か」という感覚的な判断の方が強く働くようになります。言葉の内容よりも、表情や声のトーン、触れ方といった非言語の情報の方が、はるかに大きな意味を持つのです。

だからこそ、「何を伝えるか」以上に「どう関わるか」という技術が重要になってきます



土台にある考え方――パーソン・センタード・ケア

具体的な技法をお伝えする前に、まずその土台となっている考え方をご紹介します。


1980年代、英国の臨床心理学者トム・キットウッド氏が提唱した「パーソン・センタード・ケア」という考え方があります。これは認知症の方を「何もわからなくなった人」としてではなく、その人らしさを持った一人の人間として尊重するという考え方です。


キットウッド氏が活動していた当時の英国では、認知症になると決まった日常動作を流れ作業のように提供する介護が一般的でした。しかしキットウッド氏は、長期的な観察を通じて、人としての尊厳が傷つけられることこそが認知症の症状を悪化させる大きな要因になっていることに気づきます。

そしてその人の生活歴や習慣、趣味や性格を理解し尊重しながら関わることで症状の改善が期待できるという考えにたどり着きました。


この「その人らしさを尊重する」という思想は、これから紹介する「バリデーション」や「ユマニチュード」といった具体的な技法の共通の土台になっています。



バリデーション――感情を否定しない関わり方

基本的な考え方

バリデーション」とは、1963年にアメリカのソーシャルワーカー、ナオミ・ファイル氏によって提唱された、認知症の方とのコミュニケーション方法です。


認知症の方の言動や行動を「間違っている」「意味がない」と捉えるのではなく、その言動には必ず意味があるものとして認め、受け入れることを主軸にしています。

多くの方は「認知症の方には、なるべく感情を刺激せず、穏やかに過ごしてもらおう」と考えがちです。しかしバリデーションでは、悲しみ・怒り・怖れ・不安といったマイナスの感情にも蓋をせず、むしろその感情がしっかりと表に出るように促し、共感していくことを大切にします。

なぜ効果があるのか

認知症の方は自分の言いたいことやしたいことを言葉でうまく表現できず、その結果、周囲から孤立してしまうことが少なくありません。その言動を否定せず受け止めてもらえるという経験が、本人の尊厳を守り、孤立を防ぐことにつながります。

現場での実践研究でも、認知症の方の言動に共感し理解することで信頼関係が深まり、それによって介護をする側のフラストレーションも軽減され、自分の役割に自信が持てるようになるという効果が報告されています。

家庭での実践のコツ

「24時間365日、常に共感的に接するなんて無理」と感じる方も多いはずです。それで構いません。まずは1分から5分、長くても10分程度、数分間だけ、相手の心に寄り添う時間を意識してつくることから始めてみてください。

たとえば亡くなった配偶者を「今日は帰ってこないの?」と繰り返し尋ねる方に対して、「もう亡くなりましたよ」と事実を訂正するのではなく、「会いたいんですね。どんな方だったんですか」と、その方の気持ちに寄り添って言葉を返してみましょう。


事実の訂正よりも、感情への共感を優先する。これがバリデーションの基本的な実践です。


ユマニチュード――見る・話す・触れる・立つ

基本的な考え方

「ユマニチュード」は「人間らしさ」を意味するフランス語で、フランス発祥の認知症ケア技法です。日本へは2011年頃から導入され、その効果の高さから「魔法のケア」と呼ばれることもあります。

この技法は、「見る」「話す」「触れる」「立つ」という4つの柱を基本とし、「あなたは私にとって大切な人ですよ」というメッセージを、様々な方法で相手に伝えることを目的としています。

①見る技術

正面から、水平な高さで、近い距離から、長い時間をかけて相手を見ることを意識します。正面から見ることで「正直さ」を、水平な高さで見ることで「平等さ」を、近く長い時間見ることで「親密さ」を伝えることができます。

介護をする側は、無意識のうちに手元の作業や、ケアする部位だけに目が向きがちです。しかし見る角度や態度によっては相手に威圧感や不信感を与えてしまうことがあるため、意識して目を合わせることが大切です。

②話す技術

たとえ相手からの反応が薄くても、優しく、前向きな言葉をかけ続けることを大切にします。

「痛いですか」「大丈夫ですか」というネガティブな問いかけよりも、「気持ちいいですね」「ゆっくりいきましょうね」といったポジティブな言葉を選ぶことで、安心感を伝えることができます

③触れる技術

指先でつかむような触れ方ではなく、手のひら全体など広い面積で、ゆっくりと優しく触れることを意識します。

急に腕をつかんだり、強く引っ張ったりする触れ方は、相手に恐怖心を与えてしまいます。

④立つ技術

人が自分の足で立つという行為は、身体機能の維持だけでなく、人としての尊厳にも関わる大切な行為です

できることまで介助してしまうのではなく、可能な範囲で本人自身の力で立ってもらう機会をつくることを意識します。

技術を組み合わせる「知覚の連結」

ユマニチュードではケアをしている最中、常に「見る」「話す」「触れる」のうち2つ以上を同時に行うことが重視されています。

たとえば「目を合わせながら、優しく背中に触れる」「話しかけながら、ゆっくり体を起こす」というように、複数の感覚を通じて、一貫して優しいメッセージを伝え続けるのです。


ケアが終わった後には、「お風呂で気持ちよくなりましたね」「しっかりお話しできて楽しかったです」というように、ポジティブな言葉で振り返ることも大切なステップとされています。良い感情の記憶を残すことで、次のケアもスムーズに受け入れてもらいやすくなります。



日本の介護現場で、実際に行われている研修

「こうした技法は、専門家だけが学ぶ特別なものでは」と感じる方もいるかもしれません。しかし実際には、日本の介護現場では、こうした考え方を体系的に学ぶ公的な研修制度が整えられています。


2001年から始まった「認知症介護実践者等養成事業」という国の制度があり、対象者に応じて段階的な研修が用意されています。

  • 認知症介護基礎研修:介護の仕事に就いたばかりの人を対象にした、入門的な研修
  • 認知症介護実践者研修:実務経験2年程度以上の職員を対象に、より実践的な内容を学ぶ研修
  • 認知症介護実践リーダー研修:施設内で指導的な立場にある職員向けの研修
  • 認知症介護指導者養成研修:研修の講師や企画に携わる人向けの、最も専門性の高い研修


実践者研修のカリキュラムには、「認知症ケアの理念・倫理と意思決定支援」「家族介護者の理解と支援方法」「権利擁護の視点に基づく支援」といった科目が含まれており、単なる介護技術にとどまらず、理念や家族支援を重視した内容になっているのが特徴です。


こうした研修に加えて、「認知症ケア専門士」「認知症介助士」といった民間資格もあり、現場の職員は様々な形で、認知症ケアの専門性を積み重ねています。専門職が特別な感覚だけでケアをしているわけではなく、こうした体系立った学びの積み重ねがあることをぜひ知っておいていただきたいと思います。


今日から真似できる、場面別の実践例

同じ話を繰り返されたとき

「さっきも言いましたよ」と訂正するのではなく、初めて聞いたときと同じように、穏やかな表情で耳を傾けてみてください

「そうなんですね」「それは大変でしたね」とその都度丁寧に反応することが、安心感につながります。

「家に帰る」と言い出したとき

「ここがあなたの家ですよ」と正論で説得しようとすると、かえって混乱や不安を強めてしまうことがあります。

「そうですか、お家が気になるんですね。少しお茶を飲んでから、一緒に考えましょうか」というように、まず気持ちを受け止めてから少し時間を置くという関わり方が効果的です。

何かを拒否されたとき

正面からではなく少し横から視界に入るように近づき、目線の高さを合わせてから、ゆっくりと優しい言葉で話しかけてみてください

急に真正面から声をかけると、驚きや警戒心を与えてしまうことがあります。



知っておきたい、技法の限界

最後に正直にお伝えしておきたいことがあります。バリデーションもユマニチュードも、あくまで一つのコミュニケーション手法であり、厚生労働省が公式に推奨している唯一の介護技法というわけではありません

すべての場面、すべての方に同じように効果があるとは限りません。認知症の症状の進み方や、その方の性格、これまでの人生によって関わり方は一人ひとり異なります。


あなたと大切な方がそれぞれ違うように。
道ゆく人がそれぞれの背景を持って生きているように。

同じ祖先を持つ遺伝的特徴(ハプログループ)であっても、
同じ国に住み、同じ言語を話すとしても、
同じ店で買った衣服を着て、同じ食べ物・飲み物を摂取して育ったのだとしても。

私たちは誰一人として「同じ」人ではなく、一人ひとり違う人間なのだということを、介護者は特に忘れてはならないのです。


ともすれば知識や技術が高まると、それらに目の前の人を当てはめようとしがちですが、それはその人らしさを尊重する『パーソン・センタード・ケア』にはそぐわないあり方と言えましょう

その為、「この方法さえ使えば、必ずうまくいく」という魔法のような技術ではなく、「その人らしさを大切にしたい」という想いを形にするための一つの手段として捉えていただくのが、最も誠実な向き合い方だと思います。



まとめ――技法である前に、大切なのは「想い」

バリデーションもユマニチュードも、突き詰めれば「相手を一人の人間として尊重する」という、とてもシンプルな想いに行き着きます。

技術や手順を完璧に覚える必要はありません。目を合わせること、優しく触れること、その方の気持ちを否定せずに受け止めること。これらは特別な訓練を受けていなくても、今日この瞬間から意識できることばかりです


「どう接すればいいかわからない」という戸惑いは、それだけ真剣に相手と向き合おうとしている証拠でもあります。完璧にできなくても構いません。少しずつ、あなたと大切な人との間に心が通う瞬間を増やしていってください。


介護は頑張るものではなく、続けるもの。
そしてその中で交わされる小さなやり取りの一つひとつが、かけがえのない時間になっていきます。


もっと詳しく知りたい方へ

この記事でお伝えした内容は、あくまで入り口です。実際に日々の関わりの中で試しながら、ご自身とご家族に合った形を見つけていくためには、もう少し詳しい知識があると心強いはずです。

ユマニチュードをご家庭でより実践的に取り入れたい方には、『家族のためのユマニチュード:“その人らしさ”を取り戻す、優しい認知症ケア』という一冊をおすすめします。


専門職ではなく、家族が日常で使うことを前提に書かれているため、今日からすぐに試せる具体的な関わり方を、より詳しく学ぶことができます。

「見る」「話す」「触れる」「立つ」という4つの技術を体系的に理解したい方には、開発者と日本への導入を進めてきた医師が共同で執筆した『ユマニチュード入門』も、決定版と呼べる一冊です。



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