「お母さん、今日はお風呂の日だよ」と声をかけた途端、「いらん!」と怒鳴られた。
「病院に行こう」と言っても「どこも悪くない」と頑なに断られた。
あなたもそんな経験をしたことはありませんか?
介護が必要な状態であるにもかかわらず、当の本人が「介護を拒否する」という状況は、家族にとって非常につらく、出口の見えない戦いのように感じられます。
この記事では、介護福祉士として15年以上現場に携わってきた経験をもとに、なぜ高齢者が介護を拒否するのか。その心理的な背景と、家族ができる具体的な向き合い方をお伝えします。
今回の記事を読むことで
- 介護拒否が起こる理由(心理的背景と『受容のプロセス』)
- 介護の心構えと、拒否されたときにやってはいけないこと
- 場面別の声かけのコツ
- プロに頼るべきタイミングの見極め方
これらの内容がわかり、あなたが毎日の介護で感じる「どうすれば…」という行き詰まり感が少しでも軽くなれば嬉しいです。
なぜ介護を拒否するのか? その心理的背景にある「受容のプロセス」
まず大切なのは、「拒否する親が頑固なのではない」という視点です。
人は誰しも、助けを必要とする状態になることへの恐怖や羞恥心を持っています。これまで自分で全てをこなしてきた人ほど、「世話をされる自分」を受け入れることが難しくなるのです。
このことは、米精神科医エリザベス・キューブラー=ロスの『受容のプロセス』が参考になります。受容のプロセスとは受け入れ難い状態に対して「否認→怒り→取引→抑うつ→受容」の過程を辿り、その状態を受け入れるものです。
ただしこのプロセスは一直線に進むのではなく、その過程を行き来することになります。行き来する中で「自らの状態を受け入れるより他ないのだ」と気付き、受け入れた状態のまま生きる道を見出すのが受容のプロセスとなります。

例えば、徐々に自分の身体が思うように動かなくなる不安は受け入れ難いものです。その状態がこれまでとは異なり治療できないものだと知れば、その不安は一層強くなります。そしてその事で周囲に気を遣わせたり「こうしなさい」と指示されたりすれば、自尊心を傷つけられることもあります。
その、自分では如何ともし難いものに対して怒りが湧いて介護拒否が起きる。そのように考えると、介護拒否とは単に頑固であるとか、わがままであるといった態度の問題では無いことが見えてきます。
またこのプロセスは当人だけでなく周りも同様です。家族介護における介護を担う家族もまた、介護が必要となった家族の状態を不安から受け入れられず、介護が必要となった状況に怒りを感じて関係性を崩してしまうのです。
共通するのは「不安」や「怒り」といった感情であり、その感情の奥には自分の課題が潜むものです。このことは前回『プルチックの感情の輪』でもお話ししましたので、併せて理解すると親の気持ち、自分の気持ちをより深く理解できるでしょう。

①「自尊心」を守ろうとしている
「まだ自分でできる」という気持ちは、人としての尊厳そのものです。
入浴介助や排泄介助は、特に自尊心を傷つけやすい行為です。「子どもに体を見られたくない」「恥ずかしい」という感情が拒否という形で表れることが少なくありません。その為「お風呂は入らない」といった態度が出てきます。
介護において「尊厳」を保障する単一の法律はありませんが、主に介護保険法第1条と高齢者虐待防止法がその根幹を担っています。利用者が一人の人間として尊重され、自分らしい暮らしを続けられるよう法的に定められています。
その為、介護をする上では「まだ自分でできる」という本人の気持ちが最大限尊重されるよう配慮することになります。
第一条 この法律は、加齢に伴って生ずる心身の変化に起因する疾病等により要介護状態となり、入浴、排せつ、食事等の介護、機能訓練並びに看護及び療養上の管理その他の医療を要する者等について、これらの者が尊厳を保持し、その有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう、必要な保健医療サービス及び福祉サービスに係る給付を行うため、国民の共同連帯の理念に基づき介護保険制度を設け、その行う保険給付等に関して必要な事項を定め、もって国民の保健医療の向上及び福祉の増進を図ることを目的とする。
第一条 この法律は、高齢者に対する虐待が深刻な状況にあり、高齢者の尊厳の保持にとって高齢者に対する虐待を防止することが極めて重要であること等にかんがみ、高齢者虐待の防止等に関する国等の責務、高齢者虐待を受けた高齢者に対する保護のための措置、養護者の負担の軽減を図ること等の養護者に対する養護者による高齢者虐待の防止に資する支援(以下「養護者に対する支援」という。)のための措置等を定めることにより、高齢者虐待の防止、養護者に対する支援等に関する施策を促進し、もって高齢者の権利利益の擁護に資することを目的とする。
②「何をされるかわからない」という不安
認知症が進むと、これから何が起こるのかを理解する力が低下します。そのため「お風呂に連れていかれる」という行為が、突然自分の体に触れられるような恐怖として感じられることがあります。
これはわがままではなく、認知症の症状から生まれる防衛機制です。
防衛機制(ぼうえいきせい、英: defence mechanism)は、受け入れがたい状況、または潜在的な危険な状況に晒された時に、それによる不安を軽減しようとする無意識的な心理的メカニズムである。
欲求不満などによって社会に適応が出来ない状態に陥った時に行われる自我の再適応メカニズムを指す。広義においては、自我と超自我が本能的衝動をコントロールする全ての操作を指す。
【主な防衛機制の種類】
抑圧(よくあつ)
辛い記憶や受け入れがたい感情を、無意識の奥底に押し込めて忘れたようにすること。
合理化(ごうりか)
失敗や満たされなかった欲求に対し、自分を納得させるためにもっともらしい言い訳や理由をつけること。
投影(とうえい)
自分の中にある認めたくない感情や欠点を、他人が持っているものだと思い込むこと(例:自分が相手を嫌っているのに、「あの人が自分を嫌っている」と感じる)。
反動形成(はんどうけいせい)
抑え込んだ感情とは正反対の態度や行動をとること(例:本当は怖いのに、強がって過剰に明るく振る舞う)。
置き換え
直接ぶつけられない怒りや不満を、安全な別の対象に向けること(いわゆる八つ当たり)。
昇華(しょうか)
社会的に受け入れられない欲求や葛藤を、スポーツや芸術、学業などの建設的なエネルギーへと変換すること。
③「病気を認めたくない」という心理
特に認知症の初期や、身体機能が低下し始めた段階では「自分はまだ大丈夫」という気持ちが強く働きます。病院に行くことや介護を受けることが、「自分の衰えを認める行為」に感じられるのです。
これは意地や強情ではなく、自分自身の変化に向き合うための時間が必要なサインとも言えます。
家族の病気や衰えに対する心の動きを理解する上でも、キューブラー=ロスの『受容のプロセス』が有効です。
病気も衰えも自分では何ともならない状態であり、それらが治療やリハビリを受けても改善されないどころか徐々に悪化する現実を突きつけられます。この時「自分はまだ大丈夫」と強く思うのは、自分の身体に起きている現実を知らないわけでも理解できないわけでもなく、ただ受け入れるにはまだ心の準備が整わないのだ、と考えられます。
この状態の家族に対して病気を受け入れることを勧めるのは、状況としては正しいかもしれませんが、本人の尊厳や意思を損ねることになりかねません。
このように自分の中にある価値観や常識、観念、あるいは「正しさ」と呼ばれるものは、自分にとっての救いになるかもしれませんが、他人にとってそうとは限りません。それらは状態を改善する『薬』のようでいて、時と場合、用量・用法を誤れば『毒』にもなりうることは、「毒性学の父」パラケルススの
「全てのものは毒であり、毒でないものなど存在しない。その服用量こそが毒であるか、そうでないかを決めるのだ」
(ドイツ語: Alle Dinge sind Gift und nichts ist ohne Gift; allein die Dosis macht es, dass ein Ding kein Gift ist.)
この言葉が示す通りです。だからこそ自分の正しさを一旦脇に置いて、まず相手を理解しようとする姿勢が介護には欠かせません。

介護拒否された時の心構えと、介護拒否でやってはいけないこと
拒否されると、どうしても「なんでわかってくれないの」という気持ちが先に立ちます。しかしその気持ちのまま関わってしまうと状況が悪化することがあります。
介護拒否をされた時の心構えは「相手の状態・状況を理解すること」です。なぜ拒否するのか、その心の動きと理由を突き止め、協力者の立ち位置になることが重要です。
❌ 無理やり行おうとする
「嫌がっていても、やらないと健康が保てない」と思うのは当然です。しかし身体的に抵抗する家族を押さえつけたり、無理に進めたりすると介護そのものへの恐怖や不信感が強まり、次の介護がさらに困難になります。
❌ 正論で説得しようとする
「お風呂に入らないと皮膚が荒れる」「病院に行かないと悪化する」という正論は、相手の感情には届きにくいものです。
人は感情が揺れているとき、事実より先に「この人は私をわかってくれているか」を判断します。まず感情に寄り添うことが、言葉の届く前提になるのです。
❌ 何度も同じ説得を繰り返す
特に認知症の方の場合、同じ話を繰り返されることが混乱や苛立ちにつながることがあります。一度断られたら、その場では引くことも大切な判断です。

場面別・介護拒否への声かけのコツ
入浴を拒否されたとき
「お風呂の時間です」という言い方ではなく、相手が「行きたい」と思える理由を先に作ることが効果的です。
- 「温かいお湯を用意したよ。少しだけ足だけでも浸けてみる?」
- 「昨日は疲れてたみたいだったから、さっぱりしたら楽になるかもしれないよ」
- 「あなたが好きな〇〇の入浴剤を入れてあるんだけど、試してみない?」
いきなり全身入浴を求めず、足浴(フットバス)から始めるのも一つの方法です。足だけなら抵抗が少なく、温まるうちに「全身も入りたい」という気持ちになることがあります。
また、入浴を「義務」ではなく「心地よいこと」として提示するのがポイントです。
病院への受診を拒否されたとき
「病院に行こう」という直接的な表現が拒否を引き起こしやすい場合があります。その際は以下のような言い方を試してみてください。
- 「ちょっと私が先生に相談したいことがあって、一緒に来てもらえる?」
- 「最近あなたが心配で眠れなくて。私のために一度診てもらえない?」
- 「定期的に顔を見せるのが良いって先生が言ってたから」
「あなたのため」ではなく「私(家族)のため」という伝え方が、相手の自尊心を守りながら動いてもらいやすくなります。
デイサービスへの参加を拒否されたとき
「知らない人たちの中に放り込まれる」という不安がデイサービス拒否の大きな原因の一つです。
- 最初は短時間の体験利用から始める
- 「送り出す側」ではなく「一緒に行ってみる」という形で初回は同行する
- 「行ってみてよかったら続ける、嫌だったらやめていい」と伝える
無理に参加させるよりも「本人が選んだ」という感覚を持ってもらうことが、継続につながる鍵になります。

それでも拒否が続くとき――プロに頼るべきタイミング
家族だからこそ、どうしても感情的になってしまうことがあります。そしてそれは当然のことです。しかし介護拒否が続き、
- 清潔が保てず体調が悪化している
- 本人が危険な状態になっている
- 家族の精神的・体力的な負担が限界に達している
という状況になった場合は、迷わずプロの力を借りることをお勧めします。
ケアマネジャーへの相談
担当のケアマネジャーがいる場合は、まず現状を正直に伝えてください。介護拒否への対応は、ケアマネジャーが日常的に直面している課題でもあります。一人で抱え込まずに、一緒に対応策を考えてもらいましょう。
ケアマネジャーについてはこちら
訪問介護・訪問看護の活用
家族ではなく「プロのスタッフ」が関わることで、拒否が和らぐケースは少なくありません。
「家族だから甘えて拒否できる」という心理が働くことがあり、第三者の専門職が関わることで関係性がリセットされることがあります。

【まとめ】介護拒否とは自尊の証。お互いを認め合う関係性を
「なぜ拒否するのか」の背景には、必ず何らかの気持ちがあります。
それは「恥ずかしい」という自尊心かもしれません。
「怖い」という不安かもしれません。
あるいは「まだ諦めたくない」という意地かもしれないのです。
介護を拒否するという行為は、その方がまだ「自分の気持ちを持っている」証拠でもあります。だからこそ、拒否された時に「なぜ嫌なのか」を問いかけるより、「あなたの気持ちはわかるよ」と伝えることが、一歩目になることが多いのです。
想像してみてください。
もしその一歩目が介護者であるあなたに半ば引っ張られる形なのだとしたら、そこに介護を受ける家族の意思は、尊厳はあるのでしょうか。
食べなければ健康を維持できない。
お風呂に入らなければ清潔を保てない。
それらは知識として正しいですが、あなたの家族が現実と向き合う最中で抱える感情は、その正しさで救われるのでしょうか。
大切な一歩目を介護を必要とする家族と共に歩むことこそ、家族とあなたがより自然体で支え合える関係性を保つ道のりとなるのです。
介護は頑張るものではなく、続けるもの。
そして続けるためには、あなた自身が無理をしないことが何より大切です。
一人で悩まず、まずは身近な相談先に声をかけてみてください。

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