「仕事中も、親のことが頭から離れない」
「急に呼び出しがあって、また職場に迷惑をかけてしまった」
「このまま続けていたら、仕事も介護も、どちらも中途半端になってしまう気がする」
そんな言葉を、心の中でつぶやいたことはありませんか?
仕事と介護の両立は、今や多くの働き盛り世代が直面している切実な問題です。
厚生労働省の「令和6年育児・介護休業法改正について【介護関係を中心に】」では、介護を理由に離職する人が年間約10万人にのぼるとされています。しかしその一方で、仕事を辞めれば全て解決するわけではないことも介護の現場を知る者として伝えておかなければなりません。
この記事では介護福祉士として15年以上現場に携わってきた経験をもとに、なぜ仕事と介護の両立がこれほど難しいのか、その構造的な背景と、「自分を失わずに続けていく」ための考え方と具体的な方法をお伝えします。
今回の記事を読むことで
- 仕事と介護の両立が難しい本当の理由
- 「介護離職」が必ずしも正解ではない理由
- 自分を守りながら両立するための考え方と制度の使い方
- 「どちらも大切にしていい」と思えるようになるための視点
これらの内容がわかり、あなたが「これならもう少しこのまま続けていける」と思えるきっかけになれば嬉しいです。
なぜ、仕事と介護の両立はこれほど難しいのか
仕事と介護の両立が難しい理由は、単純に「時間が足りない」からではありません。その本質は、二つの「責任」が同時に自分の中で衝突しているという心理的な構造にあります。
ここで参考になるのが、心理学者のロバート・キーガンが提唱した『成人発達理論』の概念です。
キーガンは人の内面には複数の「自己」が存在し、それぞれが異なる役割と責任を担っていると述べています。「仕事をきちんとこなすべき自分」と「家族を支えるべき自分」。この二つの自己が同じ器の中で引き裂かれるとき、人は深い疲弊と罪悪感を覚えます。どちらか一方に全力を注ぐことが、もう一方への裏切りのように感じられてしまうのです。
これは
「良い職員であるべき自分」
「良い家族であるべき自分」
というそれぞれ異なる役割からの要求が一人の人間の中で衝突している状態です。
キーガンがいう発達とは、この対立を「どちらを優先するか」で解決することではなく、「仕事」と「家族」という役割そのものを俯瞰し、自分は何を大切にして生きるのかという、自分自身の価値基準を築くことへと移行していくことです。
そしてこの葛藤は意志の弱さでも、能力の問題でもありません。二つの「大切なもの」を同時に抱えていることの、必然的な重さなのです。
発達心理学者のロバート・キーガン(1982)によると、私たちの自己認識は、生涯を通じて進化していく。そのような進化は、主に「自律」と「所属」という二つの動機を基にしている。人間は、それらの動機によって定義づけられており、支配されているのである。また、これらの動機は生涯を通じて、自己との関係性が変化していく。
キーガンは、5つの主要な発達段階を提唱し、発達段階2以降は成人になってから到達する意識段階である。また、多くの成人にとって、発達段階4に到達することは稀である。
- 発達段階2: 自己認識は、欲求と願望によって支配を受けている。他者の欲求や願望は、それが自分にとってどれだけ役に立つのか、という観点から捉えられる。結果として、他者は「別の世界に住む住人」と見なされる。
- 発達段階3: 自己認識は、実際の他者、あるいは、想像上の他者の期待によって定義づけられている。
- 発達段階4: 自己認識は、自分で構築した独自の価値観によって定義づけられている。
- 発達段階5: 自己認識は、自分を構築する一切のものに囚われていない。そして、人生の流れに対して、自由に身を委ねることができる。
「仕事をきちんとこなすべき自分」と「家族を支えるべき自分」は、どちらも所属(社会化された心)から生まれた役割自己です。それらを一段高い視点から見つめ、自分自身の価値観で介護や仕事との向き合い方を選べるようになることが自律(自己主導の心)への発達につながります。

①「見えない介護」が積み重なる
介護が必要な状態は突然始まることが多く、かつ終わりが見えません。体調が悪化すれば対応が必要になり、デイサービスの送迎時間に合わせて出勤を調整し、夜中に目が覚めて様子を確認する事態も出てきます。
これらは仕事の評価には現れません。会社の同僚には見えない「もう一つの仕事」を毎日こなしているのです。
②「いつ呼び出されるかわからない」という慢性的な緊張
仕事に集中できていても、頭の片隅には常に「もし何かあったら」という緊張感があります。この状態を心理学では「過覚醒(かかくせい)」と呼びます。
本来、休息を取るべき神経が常に張り詰めていることで、慢性的な疲労と集中力の低下が生じます。仕事でのミスが増えたり、感情のコントロールが難しくなったりするのは、怠慢ではなく神経系が限界に近づいているサインです。
③「どちらかを選ばなければならない」という誤った二択
「仕事か、介護か」という問いを立てること自体が多くの場合、問題をより難しくしています。しかし実際には、その二択の間に使われていない多くの選択肢が存在しています。

「介護離職」は解決策になるのか
「仕事を辞めて介護に専念すれば楽になれる」と考える方は少なくありません。しかしそう考える方の中で、介護離職は経済的なリスク以上に「自分を失う」リスクをはらんでいることはあまり意識されていません。
仕事は単なる収入源ではありません。「社会とつながっている感覚」「自分が誰かの役に立っている実感」「介護以外の自分でいられる時間」を提供してくれるものでもあります。
介護に全てを捧げた結果、介護が終わったとき、あるいは介護中であっても「自分には何も残っていない」という喪失感に陥るケースを度々見聞きしました。
もちろん介護の状況によっては離職を選ばざるを得ない場合もありますし、そのような選択を否定するつもりはありません。ただ「辞めるしかない」という思い込みの前に、まだ試せていない選択肢がないかを確認してほしいのです。
両立するための「制度」を知る
日本には仕事と介護を両立するための制度がいくつか整えられています。しかし残念なことに、その存在を知らないまま離職してしまう方が後を絶ちません。
介護休業制度
介護休業とは要介護状態にある家族のために、最大93日間の休業を取得できる制度です(育児・介護休業法に基づく)。
第十一条 労働者は、その事業主に申し出ることにより、介護休業をすることができる。ただし、期間を定めて雇用される者にあっては、第三項に規定する介護休業開始予定日から起算して九十三日を経過する日から六月を経過する日までに、その労働契約が満了することが明らかでない者に限り、当該申出をすることができる。
この93日間は「介護を続けるための体制を整える期間」として活用するのが理想です。ケアマネジャーとの連携、介護サービスの導入、施設見学など、継続的な介護の土台を作るために使うことで、離職を回避できる可能性が高まります。
介護休業制度のポイントは以下の通りです。
【制度の目的】
要介護状態(負傷・疾病・身体上または精神上の障害により、2週間以上の期間にわたり常時介護を必要とする状態)にある対象家族を介護するための休業制度です。
【活用の考え方(重要)】
休業期間中は、自分が介護を行うのではなく、仕事と介護を両立できる体制を整えるための「準備期間」と捉えることが大切です。具体的には、ケアマネジャーへの相談、介護サービスの手配、家族での介護分担の決定などを行います。
【対象となる労働者】
対象家族を介護する男女の労働者(日々雇用を除く)が対象です。パート・アルバイトなど期間雇用の方は、休業開始予定日から93日を経過した日から6か月以内に契約が満了・更新されないことが明らかでないことが条件となります。
※労使協定がある場合、以下の労働者は対象外となりえます。
- 継続雇用1年未満
- 申出日から93日以内に雇用関係が終了することが明らかな労働者
- 週所定労働日数2日以下
【対象となる家族】
配偶者(事実婚を含む)、父母、子、祖父母、兄弟姉妹、孫、配偶者の父母が対象です。「子」は法律上の親子関係がある子(養子含む)に限られ、障害児・者や医療的ケア児・者も含みます。
【利用期間・回数】
対象家族1人につき3回まで、通算93日まで休業できます。
【手続き方法】
休業開始予定日の2週間前までに、書面等により事業主に申し出る必要があります。また、休業終了予定日の2週間前までに申し出ることで、1回の申出ごとに1回限り、事由を問わず終了予定日を繰り下げ変更できます。
【休業中の経済的支援】
雇用保険の被保険者で一定の要件を満たす方には、休業開始時賃金日額の67%相当額の「介護休業給付金」が支給されます。詳細は最寄りのハローワークで確認できます。
介護休暇制度
介護休暇は介護休業とは別に、年間5日(対象家族が2人以上の場合は10日)まで取得できる短期の休暇です。通院の付き添いや急な対応が必要な場合に活用できます。
介護休暇制度のポイントは以下の通りです。
【制度の目的】
要介護状態(負傷・疾病・障害等により、2週間以上にわたり常時介護を必要とする状態)にある家族の介護や世話をするための休暇制度です。年次有給休暇とは別に取得でき、有給・無給は会社規定によります。
【活用場面】
通院の付き添い、介護サービスの手続き代行、ケアマネジャーとの短時間の打ち合わせなど、スポット的な介護ニーズに対応できます。
【対象となる労働者】
対象家族を介護する男女の労働者(日々雇用を除く)が対象です。労使協定がある場合は、継続雇用6か月未満の労働者(※2025年4月1日以降は廃止)や、週所定労働日数が2日以下の労働者は対象外となる場合があります。
【対象となる家族】
配偶者(事実婚を含む)、父母、子、祖父母、兄弟姉妹、孫、配偶者の父母が対象です。「子」は法律上の親子関係がある子(養子含む)に限られ、障害児・者や医療的ケア児・者も含まれます。
【取得できる日数・単位】
対象家族が1人の場合は年間5日まで、2人以上の場合は年間10日まで取得できます。「1年間」は、特に定めがなければ毎年4月1日から翌年3月31日となります。
取得単位は1日または時間単位で取得可能です(2021年1月1日から時間単位の取得が可能となりました)。ただし、時間単位取得が困難な業務に従事する労働者については、労使協定により1日単位のみの取得となる場合があります。
【申出方法】
書面に限定されておらず、口頭での申し出も可能です。社内に規定の様式がある場合はそちらを、ない場合は厚生労働省の様式例を活用できます。
短時間勤務・時差出勤
介護休業と組み合わせて、勤務時間を短縮したり、出退勤の時間をずらすことができる制度です。デイサービスの送迎時間に合わせた調整ができるようになるなど、日常的な介護との両立に有効です。
これらの制度は「使ってもいいもの」ではなく、あなたが使うために存在しているものです。「職場に迷惑がかかる」と感じる気持ちはわかります。しかし制度を使わず無理をした結果として離職することの方が、職場にとっても損失になることを覚えておいてください。

「自分を失わない」ための考え方
制度を知ることと同じくらい、あるいはそれ以上に大切なのが自分自身との関わり方です。
「できていないこと」ではなく「続けていること」に目を向ける
仕事と介護を同時にこなしている人は、往々にして「仕事が思うようにできていない」「介護も十分にできていない」という罪悪感を抱えています。
しかし考えてみてください。あなたは今、二つの全く異なる責任を同時に背負いながら、それでも毎日を続けています。それは並大抵のことではありません。
「二つを同時に背負う」と聞くとマルチタスクを連想されるかもしれません。ただ、マルチタスクとは実際のところ脳がシングルタスクを高速に行っているものだと言われています。しかもマルチタスクをしてしまうと作業効率が落ちるだけでなくパフォーマンスも大幅に下がってしまうことが研究で指摘されています。
スタンフォード大学の研究者 クリフォード・ナスは、マルチタスクの習慣を頻繁に継続すると能力が向上するのではないかと考えた。
研究の結果、人間がマルチタスクをするとき、脳の中の別々の領域で処理を行っており、同時に並行処理しているわけではなく、それを短時間で頻繁に切り替えを行っていることがわかった。そして、それぞれの処理に関して集中して行うことができなくなっていることがわかった。たとえば2つの作業をマルチタスキングした場合、それぞれ50%の処理能力を維持するわけではなく、80~95%も低下する傾向となる。マルチタスクは明らかに生産性を低下させていることを示した。
音楽を聴きながら作業することについては、音楽を聴くときに使われる脳と作業するときに使われる脳は、全く別の領域であることがわかった。 周りの他の雑音を遮断でき、作業に集中するのに役立つ。
中には複数の作業を短時間でこなす能力を有している(と思える)人も存在するが、実際は作業順序を考えた上で単一の作業を集中して短時間でこなし、終了後に思考を迅速に切り換えて次の作業を行うことでこなしており、マルチタスクをしているわけではない。
2022年、ハーバード大学医学部によると、マルチタスクを実行すると、人間の脳のパフォーマンスが大幅に低下することがわかった。 一度に1つのタスクのみを実行することが、最高のパフォーマンスを達成するための鍵である。 日中のタスクリストも最大2つに制限する必要がある。
そのため「できていないこと」ではなく、「それでも続けていること」にこそ目を向けてほしいのです。元より一度に多くのことをやろうとすれば、効率もパフォーマンスも下がってしまうものですから、「今は仕事」「ここからは介護」と目の前のタスクに集中する方が望ましいと言えます。
これはたくさんのことが出来ているから良いというよりも、一つ一つを交互に、そして丁寧に続けられていることがあなた自身にとっても、介護を受ける家族にとっても幸せなのだという話です。
「役割」と「自分」を混同しない
介護をしている自分はあなたの一部です。しかし全部ではありません。
ドイツ出身の政治哲学者ハンナ・アーレントは、人間は孤立した存在ではなく他者との関係の中で言葉を交わし、行動することで「自分が何者であるか」を現していく存在だと考えました。特に『人間の条件』では、人間の行為と言論は「複数性」を前提としており、人は他者の前に現れることでその人固有のあり方を示すと論じています。
仕事をしている自分、介護をしている自分、趣味を楽しむ自分、友人と語り合う自分。そうした複数の関係や場面の中で見えてくる姿が重なり合い、「あなた」という人間の輪郭が形作られていきます。
ですから、どれか一つの役割だけに縛られることは、あなたの人間としての豊かさを削いでしまうことにもなりかねません。「介護をするあなた」は「あなた全体」の一部であって、あなたそのものではないのです。
「助けを求めること」を自分に許す
日本の文化には「一人で頑張ること」を美徳とする側面があります。しかし、助けを求めることは弱さではありません。
前回の記事でもお伝えしたレスパイトケアや、職場の上司への相談、ケアマネジャーへの率直な状況共有など、「助けを求める行動」が、結果的に自分と家族の両方を守ることになります。

職場への伝え方 「迷惑をかけている」から「連携している」へ
多くの方が悩むのが「職場にどう伝えるか」という問題です。
「介護中であることを言いたくない」「特別扱いされたくない」という気持ちはよくわかります。しかし職場に状況を知らせないまま急な対応を繰り返す方が、長期的には信頼を損なうリスクがあります。
伝えるときのポイントは、以下の三点です。
①「できないこと」ではなく「できること」を中心に伝える
「急な対応が必要になる場合がある」という前提を共有した上で、「この時間帯は対応できる」「この業務は在宅でも可能」という形で、できることを具体的に提示します。
②介護の「終わりの見通し」がある場合は共有する
ショートステイの利用が始まるまでの期間、施設入所の検討中であることなど、状況が変化する見通しがあれば、それを共有することで職場の安心感につながります。
③制度を使うことを、謝罪ではなく報告として伝える
「申し訳ないのですが……」ではなく「介護休暇を〇日取得します」という形で伝えることで、制度の活用を「お願い」ではなく「権利の行使」として位置づけることができます。

まとめ――仕事も介護も、あなたが選んだ大切なもの
「仕事か、介護か」という問いは多くの場合、間違った設定です。
あなたが仕事を続けているのは単にお金のためだけではないはずです。そこにはあなたが大切にしてきた関係性があり、積み重ねてきたものがあり、「自分らしく生きている」という実感があるはずです。
そしてそのあなたが、同じように家族を支えようとしている。
仕事も家族も、あなたが自分で選んだ大切なものです。どちらかを諦めることが「正しい選択」なのではなく、両方を大切にしながら続けていける方法を探すこと。それがあなたにとっての本当の道になるはずです。
介護は頑張るものではなく、続けるもの。
仕事もまた、あなたが自分であり続けるための大切な場所です。
一人で抱え込まず、使える制度を使い、頼れる人に頼りながら、あなたのペースで続けていきましょう。

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