【本のおすすめ】介護現場で話が噛み合わない理由は『具体と抽象』が教えてくれる

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なぜこの人とは、いつも話がすれ違うのだろう」——そう感じたことがある方に読んでいただきたい本が、細谷功氏の『具体と抽象――世界が変わって見える知性のしくみ』です。話が噛み合わない原因を性格や能力の差ではなく「いま自分たちがどの抽象度で話しているか」というズレとして説明してくれる一冊です。

この記事では本書の要点を章ごとに紹介しながら、介護の現場や手相鑑定といった私自身の仕事にどう活かせたのかもあわせてお伝えしていきます。


著者紹介:細谷功氏について

細谷功氏は1964年神奈川県生まれのビジネスコンサルタント・著述家です。東京大学工学部を卒業後、東芝で技術者として働いたのち、コンサルティング業界へ転身しました。アーンスト・アンド・ヤング、キャップジェミニなどを経て、現在は株式会社クニエのコンサルティングフェローを務めています。

製品開発やマーケティング領域を中心とした戦略策定コンサルティングに携わる一方、「考える力」をテーマにした執筆や講演でも知られています。

2007年に刊行した『地頭力を鍛える』はビジネス書として異例のヒットとなり、その後も『アナロジー思考』など、思考法に関する著書を数多く手がけてきました。今回ご紹介する『具体と抽象』も、そうした一連の著作のなかで生まれた一冊です。


日常に潜む「不毛なコミュニケーション」の正体

言うことが二転三転する上司。結論の見えない、泥沼のような会議。あるいは、SNSで日夜繰り返される、言葉の定義すら噛み合わない言い争い。

私たちは、なぜこれほどまでに「話が噛み合わない」と感じるのでしょうか。その理由は、性格やコミュニケーション能力だけにあるとは限りません。この問いに、一つの明快な補助線を与えてくれるのが、細谷功氏の『具体と抽象――世界が変わって見える知性のしくみ』(dZERO)です。


この著書における具体と抽象の定義は以下になります。


  • 具体(ぐたい)の定義

    • 概念: 直接五感で捉えられる、個々の事実、数字、固有名詞、商品名、作業手順などの実体情報のこと。
    • 特徴: ピラミッドの下層に位置し、1つひとつの情報が固有性を持つ。解釈の自由度が低く「誰にでも分かりやすい」というメリットがあるが、特定の事例に固定されるため「他の場面に応用が利かない」という側面がある。
    • 問い: 「How(どのように・具体的な数値や行動)」に対応。

  • 抽象(ちゅうしょう)の定義

    • 概念: 複数の具体的な出来事や個別事例から、共通する特徴・パターン・構造・本質・法則を抜き出し(抽出(ちゅうしゅつ)し)、一つの概念としてまとめたもの。
    • 特徴: 個別の枝葉(不要な細部)を切り捨てる「捨象(しゃしょう)」によって得られる。直接目に見えず一見分かりにくさがあるが、解釈の自由度が高く、1つの法則から複数の場面に応用・知識転移できる「強力な汎用性」を持つ。
    • 問い: 「Why(なぜ・目的・背後にある構造)」に対応し、全体を俯瞰するメタ視点を提供。



本書は、人間の思考を支える「具体」と「抽象」という二つの視点に光を当て、四コマ漫画やシンプルな図解を交えながら、その違いを解き明かしていきます。序章と終章に挟まれた全20章という構成ながら、一つひとつの章は短く、非常に読みやすく整理されています。

「なぜ同じ言葉を使っているのに話が通じないのか」——そんな日常の違和感を、「思考している抽象度の違い」という視点から捉え直したい方に、まず手に取ってほしい一冊です。


「具体」という手触りと、「抽象」という見方

私たちは普段、目に見える出来事や具体的な行動に囲まれて生活しています。


たとえば介護の現場で「どのようなケアをしていますか」と聞かれれば、食事介助、入浴介助、排泄介助、移動支援、レクリエーションなど、さまざまな具体例を挙げられます。これらはすべて、日々の実践に根ざした「具体」です。

しかし、それぞれを個別の作業として見るだけでなく「そもそも、これらのケアは何のために行っているのか」と問い直すと、見え方が変わります。食事介助や入浴介助といった個別の行為を一段抽象化すれば、「その人がその人らしく日常生活を送るための支援」という共通する目的が見えてきます。

さらに、その目的から現場を見直せば「今行っている介助以外に、できることはないだろうか」と新しい具体策を考えることもできます。つまり具体から抽象へ上がり、再び具体へ戻ることで、これまで見えていなかった選択肢が見えてくるのです。


本書の第18章「マジックミラー」では、抽象的な視点を持つことで個別の具体だけでなくその背後にある共通点や構造まで見えるようになる一方、その抽象的な説明が具体の側からは「中身のない話」に見えることがあるという非対称性が描かれています。

ただし、これは「抽象的に考えられる人の方が優れている」という意味ではありません。抽象的な考えだけでは現実の行動にはつながらない。具体から抽象へ、そして抽象から再び具体へ戻る——その往復にこそ、この考え方の価値があります。


議論が「空中戦」になる理由

議論が噛み合わなくなる理由の一つを、本書の第8章「本質」は「抽象度のズレ」という視点から説明しています。


象徴的なのが、リーダーについての議論です。

「リーダーは信念を貫き、ブレてはいけない」という主張がある一方で、「状況に応じて臨機応変に対応するべきだ」とも言われます。一見すると正反対のようですが、抽象度の違いとして見てみると、必ずしも矛盾していません。

「目的や理念」という比較的抽象度の高い階層では一貫性が求められる一方、「具体的な手段や現場での判断」では状況に応じて柔軟に変える必要がある。つまり、目的はブレず、手段は変える。そう考えれば二つの主張は両立します。


上司と部下の会話でも、似たことが起こります。上司は「そもそも何を実現したいのか」という目的を話しているのに、部下は「具体的に何をすればいいのか」を尋ねている。あるいは逆に、部下が現場の具体的な問題を訴えているのに、上司が理念や方針だけを話している。お互いの話している階層が違えば、どちらも間違っていなくても会話は噛み合いません


もちろん、すべての対立が抽象度の違いで説明できるわけではありません。事実認識の違い、価値観の違い、利害関係、感情、信頼関係など、コミュニケーションが難しくなる理由はほかにもあります

それでも、「いま自分たちは、どの抽象度で話しているのだろう」と考えるだけで、少なくとも何について食い違っているのかを整理しやすくなります。本書を読むと、この「抽象度というエレベーターを上下する」感覚が具体的につかめるようになります


一度手にした構造は、以前と同じようには見えない

本書の第19章「一方通行」では一度抽象的な構造を理解すると、それ以前とまったく同じ見方に戻ることが難しくなるという特徴が扱われています

概念や法則、専門用語は、思考を効率化する道具です。専門家同士であれば、一つの専門用語を使うだけで複雑な背景をまとめて共有できる、いわば思考における「高速道路」のようなものかもしれません。

しかし、その便利さには一つの落とし穴があります。その概念をまだ持っていない人にとっては、専門家にとって最も効率的で美しい説明が、「意味の分からない専門用語」にしか聞こえないことがあるのです。専門家と初心者の間で説明が噛み合わない原因の一つも、ここにあるのかもしれません。


介護の現場でも、経験を積むほど無意識に前提としている知識が増えていきます。自分にとっては当然の言葉や判断基準が、新しく入ってきた職員にとっては当然ではありません。

この章を読みながら、私は自分が新人さんへ説明するときの言葉選びをあらためて見直したくなりました。「正しいことを説明しているか」だけではなく、「相手がいま、どの具体・抽象の階層にいるのか」まで考える必要があるのだと思います。



「アナロジー」という知的快感

本書の第14章「アナロジー」では、一見すると無関係なもの同士の間に共通する「構造」を見つける思考が扱われています。表面的な特徴をそのまま真似ることと、本質的な構造を別の分野へ応用することは違う。後者に必要なのが、抽象化です。


アナロジー(analogy)とは、ある事柄をもとに別の事柄を推し量って考える「類推(るいすい)」や「類比」のこと



この章を読みながら、自分自身の仕事に引きつけて考えてみました。

たとえば「介護の現場」と「手相を鑑定する場」。一方は身体や生活を支える仕事であり、もう一方は手相を通して言葉による対話を行うものです。表面的にはまったく違う仕事ですが、私にはそこに共通する構造があるように見えました。

それは、相手のこれまでの歩みを丁寧に受け取り、その人固有のこれからを一緒に考えること。介護でも、本人がこれまでどのような人生を歩んできたのかを知らなければ、その人に合った支援を考えることは難しくなります。占いでも単に結果を告げるだけではなく、その人自身の状況や考えを踏まえながら、これからの行動を一緒に考えることが大切だと私は考えています。


異なる分野の表面的な違いを一度外し、構造として捉え直す。そこから再び、それぞれの具体へ戻る。この感覚をつかめると、専門領域の壁を越えてアイデアを持ち込めるようになります

特に介護職の副業を考えるにあたっては「専門領域の壁を超えてアイデアを持ち込む」という発想が重要で、多くの場合「介護職として求められる能力を別の領域でどのように活かすか」を考えて副業選択をすることになります。


その点においても、アナロジーという考え方は本書の中でも特に知的な面白さを感じた部分でした。


読んで終わらせないために——自分事という具体へ

私自身、副業として手相や数秘といった既存の占術を学ぶなかで、以前から一つの物足りなさを感じていました。個々の技法はそれぞれ精緻に磨かれている一方で、「今、この人が生きている時代や社会の流れまで含めて考えることはできないだろうか」という疑問があったのです。

人は社会と切り離されて生きているわけではありません。景気、働き方、家族のあり方、テクノロジー、価値観——同じ性質を持つ人でも、生きる時代が違えば取るべき行動は変わるはずです。


本書で語られる「具体の改善」と「一度抽象度を上げて前提そのものを問い直す」という思考の違いを読んだことで、私は自分が感じていた違和感を整理しやすくなりました。

そしてそれは、掌相・数秘・時流を組み合わせた自分なりの体系、『掌数脈学を考えていくきっかけの一つにもなりました。もちろん、これは本書にそのような占術が書かれているという意味ではありません。あくまで本書で学んだ「具体と抽象を往復する」という考え方を、自分自身の仕事へ応用した結果です。


このように本を読む面白さの一つは、書かれている答えをそのまま覚えることではなく、「この考え方を、自分の世界へ持って帰ったら何が見えるだろう」と考えることなのかもしれません。


【考察】介護にまつわる「具体と抽象」

ここからは私の考察として、介護にまつわる「具体と抽象」について考えていきます。


今回『具体と抽象』について紹介したのは、この「具体と抽象」という考え方が理解できると、介護にまつわる諸問題の背景が認識できるようになるからです。そして認識できればそこから解決法が見つかり、対処できるようになります。

少し難しい話になりますが、ぜひ最後までお読みください


認知症の方への介護と「具体と抽象」

認知症の方への介護を行う際にも、「具体と抽象」は現れます。


例えば夕方によく見られる徘徊に関して、介護者側・被介護者側の「具体と抽象」にズレが生じてしまうと、対応がうまくいかなくなります。「そろそろお父さんが帰ってくるので出迎えないと」と室内をうろうろし始める相手に対し、介護者が捉える点は


【介護者側】

具体:室内をうろうろ歩いている
抽象:認知症の症状が出ているのかもしれない

【被介護者側】

具体:どこかわからない場所で玄関を探す
抽象:お父さんが帰ってくるので出迎える



このように、自分と相手が「何を見て(具体)、どう考えているか(抽象)」になります。


介護者側が自分だけの「具体と抽象」を見て、「お父さんは帰ってきませんよ」といった現実を伝えたところで、被介護者側の見ている「具体と抽象」とは異なるため、「そんなことはない!」と否定されて不審に思われてしまいます。

そうではなく、まず被介護者側の「具体と抽象」を把握し、「お父さんを出迎える」という本人の主題に一旦寄り添う。

そして被介護者側の「具体」が、現実に起きる「具体」とのズレを維持できなくなった時、すなわち「お父さんは帰ってこない」という現実を本人が認識する頃合いを見て「ご飯の支度を手伝ってもらえますか」「そろそろご飯にしましょうか」といった声掛けを行い、被介護者の「具体と抽象」の世界を現実世界へと引き戻す。


このようなアプローチをすると、本人も無理なく「お父さんの出迎え」から「夕飯」へと意識を向けることができるようになります。大切なのは、自分が見えているものの正しさではなく、相手に寄り添う思いなのです


介護人材不足の「具体と抽象」

昨今話題の介護人材不足も、紐解いていけば「具体と抽象」の構造にあります。具体的に現れているのは「人がいない」という事態ですが、その背景には「職場の人間関係の問題」「理念や運営方針への不満」「他に良い職場があった」といった事象があります。


介護人材確保の現状について 介護人材の確保について(介護職員の主な離職の要因及び主な離職防止対策)|厚生労働省



整理すると

現場に介護人材がいない(具体)
その背景には「職場の人間関係の問題」「理念や運営方針への不満」「他に良い職場があった」という要因がある(抽象)

このように分けられます。この時、具体だけを見て

「人がいないなら人を雇えば良い」→「雇用条件を見直せば良い」→「労働環境の中でも一般職と比べて賃金格差がある為人材が来ない」→「介護職の給料を上げられるよう介護報酬を見直せば良い」

といった手立てを取ろうとしても、上位3つの「職場の人間関係」「理念や運営方針への不満」「他の職場との比較」といった抽象部分へのアプローチが十分行えていない為、満足な結果は出せないであろうことが見込まれます。


実際、「介護職の賃上げ」が行われた2022年(令和4年)以降の介護職員数の推移には、減少傾向が見られます


介護人材確保の現状について 介護職員数の推移|厚生労働省

介護職の賃上げと「具体と抽象」

介護職の賃上げに関しても「具体と抽象」の構図が見えてきます。


上の介護人材不足でお話ししたように、介護職の給料は介護職員の主な離職要因とは言えません。また介護職の賃上げが行われた2022年以降介護職員数の推移に減少傾向が見られることからも、やはり介護職の賃上げを介護業界の主たる課題として取り上げるには、率先して取り組むべき課題を取り置いているように見えます

一方で、一般職と比較した際に介護職の平均給与が低いことも事実です。月収にしておよそ6万、年収にしておよそ70万円の差があり、その是正に向けた介護職の賃上げを介護団体や政党等が打ち出しています。


こうした具体事象を俯瞰してみると、介護職の賃上げには一定の効果が見込めそうですが、もう少し抽象度を上げて考えると、

一般職と介護職の給与が同じになれば、人は介護職を選ぶのか?

という疑問が浮かび上がります。


日本の介護職員の給与は全産業平均より月約8.2万円低く、同水準にするには約26%の賃上げが必要です。賃上げには離職抑制や人材確保の効果が期待されますが、新規参入や他業種への流出を含めた全国的な調査がないため、介護人材が具体的に何万人増えるかは推計できません

したがって「賃金格差の解消は有効だが、それだけで人手不足が解消するとは断定できない」と考えられ、介護業界に使われる費用に関しては介護職の給与に限らず、労働環境の改善や介護保険料の見直し等、多角的に捉える必要があると見えてきます


おわりに——『具体と抽象』はこんな人におすすめしたい

細谷功氏の『具体と抽象――世界が変わって見える知性のしくみ』をお勧めしたいの以下に当てはまる方です。

  • 会議や上司・部下との会話で「なぜ話が噛み合わないのだろう」と感じる人
  • 人に何かを教える立場にあり、「なぜ伝わらないのか」に悩んでいる人
  • 物事を表面的な違いだけでなく、構造から考えられるようになりたい
  • 介護現場で「どうして私の話は聞いてもらえないのだろう」と悶々としている人
  • 占い、カウンセリング、コンサルティングなど、異なる分野の知見を自分の仕事へ応用したい


『具体と抽象』が教えてくれるのは、「抽象的に考えれば正解が分かる」という単純な話ではありません。具体だけを見ていては、共通する構造を見落とすことがあります。一方で抽象だけを語っていても、現実の生活や仕事は動きません。

大切なのは、具体から抽象へ上がり、抽象から再び具体へ戻ること。この往復ができるようになると、これまで「話が通じない」としか見えなかった場面でも、「もしかすると、見ている階層が違うのではないか」と、一度立ち止まって考えられるようになります。それだけでも、人との対話の見え方は大きく変わります。


噛み合わないコミュニケーションに消耗している方、あるいは自分自身の考え方をもう一段整理してみたい方に、細谷功氏の『具体と抽象――世界が変わって見える知性のしくみ』をおすすめしたいと思います。


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