以前の記事で仕事と介護の両立をテーマに、介護休業や介護休暇といった制度についてお伝えしました。ただ、あの時お伝えしきれなかったのが「制度を知っていること」と「実際にその制度を使えること」の間には大きな溝があるということです。
働きながら家族の介護を担う人は「ビジネスケアラー」と呼ばれています。この言葉を聞いたことがない方でも、実はすでにその立場に近づいているかもしれません。
この記事では介護福祉士として現場に携わってきた経験と、国や研究機関が示す最新の調査データをもとに、ビジネスケアラーが直面する構造的な難しさとその中でどう自分を守っていけるかについてお伝えします。
今回の記事を読むことで
- ビジネスケアラーが、もはや少数派ではなく標準的な存在になっている実態
- 制度があっても言い出せない、「隠れ介護」を生む4つの壁
- 「休めば解決する」という考え方に潜む、意外な落とし穴
- 2025年の法改正で、会社側に何が義務づけられたか
これらの内容がわかり、「自分だけが特別につらい思いをしているのではない」と感じていただけたら嬉しいです。
※本記事で紹介する調査結果や統計は、経済産業省・厚生労働省等の公表資料や各種調査報告をもとにしています。調査によって数値や対象範囲が異なる場合があるため、詳細は各省庁の公表資料をご確認ください。制度の利用について迷う場合は、勤務先の人事担当窓口、またはお住まいの地域包括支援センターにご相談ください。
すでに「標準」になっている、もう一つの介護のかたち
ビジネスケアラーとは、仕事をしながら家族の介護を担う人のことを指します。
仕事をしながら家族等の介護に従事する者(「ビジネスケアラー」「ワーキングケアラー」などと呼称(後略)
かつて家族の介護は家庭にいる女性が一手に担うことが一般的でした。しかし女性の社会進出や共働き世帯の増加、未婚化・核家族化が進んだことで、働きながら介護を担う人が急速に増えています。
総務省の調査や経済産業省の推計によれば、2022年時点でこうしたビジネスケアラーは約274万人にのぼるとされています。
さらに注目したいのは家族の介護を担う人全体のうち、すでに半数を超える割合がビジネスケアラーだという報告があることです。つまり現代の介護は専業で介護に専念する人によって担われるものではなく、仕事と両立しながら行うことがすでに当たり前の形になりつつあるのです。
2030年には、家族介護者のうち約4割にあたる318万人がビジネスケアラーになると予測されています。年齢層で見ると、40代から50代という働き盛りの世代がその半数以上を占めているとされ、企業にとっても、管理職や中核を担う人材が直面しやすい課題だといえます。
「自分だけがこんなに大変なのだろうか」と感じている方がいたら、まずお伝えしたいのは、あなたの状況は決して特殊なものではないということです。

なぜ、一人で抱え込んでしまうのか――「隠れ介護」を生む4つの壁
介護に直面していても、それを会社に伝えず一人で抱え込んでしまう状態は「隠れ介護」と呼ばれています。企業がビジネスケアラーの実態を正確に把握できない大きな要因も、ここにあります。
なぜ、多くの人が声を上げられずにいるのでしょうか。背景には、複合的に絡み合う4つの壁があると指摘されています。
①心理的な壁――「迷惑をかけられない」という責任感
「周囲に迷惑をかけたくない」「自分でなんとかしなければ」という強い責任感が口を閉ざす一番の理由になっています。真面目に仕事へ向き合ってきた人ほど、この壁は高くなりがちです。
②キャリアへの不安の壁
介護をしていることが知られれば重要な仕事を任されなくなるのではないか、昇進に影響するのではないか、という懸念です。この不安は、決して考えすぎとは言い切れません。
③情報の壁――そもそも制度を知らない
育児に関する制度と比べて、介護に関する制度は社内での認知度が低い傾向にあるとされています。自分がどんな制度を使えるのか、外部にどんなサービスがあるのかを知らないまま一人で状況に対処しようとしてしまうケースも少なくありません。
④金銭的な壁
休業を取得すれば、その分の収入が減ってしまうのではないかという不安も、相談をためらわせる要因の一つです。
これらの壁はどれか一つだけが原因になっているのではなく、複数が重なり合って人を「言えない」状態に追い込んでいきます。もし今、あなたが誰にも相談できずにいるとしたら、それはあなたの弱さではなく、多くの人が直面する構造的な難しさなのだと知っておいてください。

「休めば解決する」というわけではない、意外な実態
ここで、多くの方が驚かれるかもしれない事実をお伝えします。介護休業を実際に取得した人を対象にした調査では、休業を取得したことについて「後悔している」と答えた人が非常に高い割合にのぼったという報告があります。
その理由として、
・休業後に元の職場へ復帰できた割合が半数に届かなかったこと
・人事評価への影響を感じたと答えた人が半数を超えたこと
・家族関係にかえって支障が出たと答えた人もいたこと
これらが挙げられています。
一見すると意外に思えるかもしれませんが、この背景には大切な考え方の転換があります。それは、「介護休業は自分がすべての介護を担うための休みではなく、仕事と介護を両立できる体制を作るための期間である」という視点です。
休業を取得した人の中には「自分がすべて面倒を見なければ」という責任感から、休んでいる間に介護のすべてを一人で抱え込んでしまうケースがあります。しかし、休業期間中に本来行うべきなのは直接的な介護そのものというよりも、
・地域包括支援センターやケアマネジャーへの相談
・要介護認定の申請
・デイサービスやショートステイといった外部サービスの手配 など
こうしたその後も無理なく両立していくための土台作りです。「自分がすべてを背負う」のではなく「専門家やサービスに任せる部分を、きちんと見極める」こと。この視点の転換こそが、休業を「後悔」で終わらせないための何よりの鍵になります。

2025年の法改正で、会社側に何が義務づけられたか
これまでは「制度を用意する」ことが企業の役割とされてきました。
しかし2025年に施行された改正育児・介護休業法では、制度を「用意する」段階から、確実に「利用できる環境を整え、個別に働きかける」段階へと、企業に求められる責任が一歩踏み込んだものになりました。
特に知っておいていただきたいのが、次の2点です。
40歳到達時の、早い段階からの情報提供
労働者が40歳に達する年度など、実際に介護に直面する前の早い段階で両立支援制度についての情報を提供することが企業の義務として定められました。
これは介護保険の第2号被保険者となる40歳という節目をとらえ、「隠れ介護」や、ある日突然の離職に至ってしまう事態をあらかじめ防ぐための予防的な仕組みです。
雇用環境の整備義務
企業には研修の実施、相談窓口の設置、利用事例の提供、制度利用を促す方針の周知のうち、いずれかの措置を講じることが義務づけられました。
これまでは「制度があるのに使われない」という状態が放置されがちでしたが、今後は企業側にも従業員が実際に制度を利用しやすい環境を整える責任が課されています。
もし今、勤務先でこうした情報提供や相談窓口の存在を感じたことがないという方は、人事担当者にまずは制度の有無を確認してみることをお勧めします。声を上げることは決して特別な権利を求めることではなく、法律に基づいた当然の権利の一つです。

介護に携わる立場から、お伝えしたいこと
介護の現場で多くのご家族と接してきた中で、繰り返し感じてきたことがあります。それは「自分がすべてをやらなければ」という責任感の強い方ほど、限界を迎えるまで誰にも相談できずにいるということです。
この記事で紹介した「介護休業は体制を作るための期間である」という考え方は、家族介護全般にも通じる大切な視点です。
以前の記事でもお伝えしてきましたが、介護を一人で背負い込むことは決して良い結果を生みません。専門家や制度、外部のサービスを積極的に頼ることは手を抜くことではなく、介護を長く、そして健やかに続けていくための必要な戦略です。
会社の中だけで抱え込まず、地域包括支援センターやケアマネジャーといった外部の専門職にも、早いうちからつながっておいてください。会社の制度と地域の専門職。この両方を味方につけることが、ビジネスケアラーとして働き続けるための、確かな支えになります。

まとめ――介護は、あなただけの問題ではない
働きながら家族の介護を担うことは、もはや一部の人だけが直面する特別な状況ではありません。家族介護を担う人の半数以上がすでにこの立場にあるとされています。
「迷惑をかけたくない」という気持ちも、「評価に響くのでは」という不安も、多くの人が同じように抱えてきたものです。そして、その一人ひとりの我慢の積み重ねが社会全体で見過ごせない大きな課題になっているからこそ、国も企業も少しずつですが対応を進め始めています。
一人で抱え込む必要はありません。
会社の制度を確認すること、そして地域の専門職に早めにつながっておくこと。
その両方が、あなたがこれからも自分らしく働き続けるための力になります。
介護は頑張るものではなく、続けるもの。
それは家庭の中だけでなく、仕事と両立させていく上でも変わらない大切な考え方です。
ビジネスケアラーをもっと詳しく知りたい方へ
この記事でお伝えした内容をさらに深く知りたい方には、『ビジネスケアラー――働きながら親の介護をする人たち』(酒井穣著/ディスカヴァー携書)をおすすめします。2025年問題を見据え、仕事と介護の両立に関する新しい考え方や具体的な方法が、経営者や人事担当者の視点も交えながら整理されています。
介護を否定的に捉えるのではなく、前向きに向き合うための視点も提供されており、著者自身が最終章で語る率直な体験談には理論だけでは語りきれない説得力があります。当事者としてだけでなく、いずれ管理職として部下のビジネスケアラーを支える立場になる方にとっても読んでおきたい一冊です。
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