以前の記事で、家族の介護を担う若い世代「ヤングケアラー」と、仕事をしながら介護を担う「ビジネスケアラー」についてお伝えしてきました。今回はそのシリーズの締めくくりとして「男性介護者」に焦点を当てます。
ただ、この話をする前にお伝えしておきたいことがあります。
介護の負担が今も女性に多くかかっていることはデータを見ても明らかです。この記事はその現実を小さく見せるものでも、「どちらの負担が重いか」を比べるものでもありません。お伝えしたいのは、「男だから大丈夫だろう」という周囲の思い込みによって支援の手から取りこぼされてしまう男性介護者がいるということです。
この記事では介護福祉士として現場に携わってきた経験と、各地の調査や取り組みをもとに、男性介護者が抱え込みやすい背景と、周囲にできることをお伝えします。
今回の記事を読むことで
- 男性介護者の実態と、もはや少数派ではないという現実
- 「男だから」「女だから」という思い込みが助けを求める声を小さくしてしまう仕組み
- 孤立が深まる前に、本人と周囲ができること
- 全国に広がる、男性介護者同士の居場所
これらの内容がわかり、もし身近に黙々と介護を続けている人がいたら、あるいはあなた自身がそうであったなら、「一人で抱え込まなくていい」と感じていただけたら嬉しいです。
※本記事の統計は厚生労働省「国民生活基礎調査」や、高齢者虐待防止法に基づく対応状況等に関する調査などの公的資料、および各種報道・調査をもとにしています。調査年度により数値が異なる場合があります。お住まいの地域で利用できる交流会や支援については、お近くの地域包括支援センター等にお問い合わせください。
男性介護者は、もはや少数派ではない
厚生労働省の国民生活基礎調査によると、同居している主な介護者の性別は女性が63.5%、男性が36.5%となっています。
女性が約6.5割という事実は変わりませんが、男性が約3.5割を占めるという数字は、男性による介護がもはや特別なケースではないことを示しています。男性介護者は全国で100万人を超えるとも言われています。
同居の主な介護者の続柄では「配偶者」が最も多く、夫が妻を介護するケースも少なくありません。また、独身のまま親と同居して介護を担う男性もいます。炊事や洗濯などの家事の経験が少ない場合には、介護と同時に生活そのものを回していく負担も重なります。
もしあなたが今、男性として親や配偶者の介護を担っているなら、まずお伝えしたいのは、あなたは決して特殊な存在ではないということです。

「男だから大丈夫」という思い込みが、支援を遠ざける
介護者の支援に関わる現場や研究では、男性介護者について責任感が強く、一人で抱え込みやすいことが指摘されています。ただし、これはあくまで「そうした傾向が語られている」という話で、すべての男性に当てはまるわけではありません。助けを求めるのが上手な男性もいれば、抱え込んでしまう女性もたくさんいます。
それでも、そうした傾向が語られる背景には
「男は弱音を吐かないもの」
「家の中のことは外に出さないもの」
といった、本人や周囲が抱いている「こうあるべき」という思い込みがあります。この思い込みがあると、困っていても「困っている」と口にしにくくなります。周囲も「あの人はしっかりしているから大丈夫だろう」と見守るだけになりがちです。
その結果、本人にも周囲にも「困っている」状況が見えないまま、支援の手が届かなくなってしまう。ここに取りこぼしが生まれる仕組みがあります。

仕事で成果を出してきた人ほど、介護を「完璧にこなす仕事」にしてしまう
これは男性に限った話ではなく、ビジネスケアラーの記事でお伝えしたことにも通じます。仕事で成果を出してきた方ほど、介護を一つの「プロジェクト」のように捉えて効率的に、完璧にやり遂げようと没頭してしまうことがあります。
このように、「完璧主義」が引き起こすリスクには以下が挙げられます。
- バーンアウト(燃え尽き症候群)
どれだけ効率的なケアプランを立てても、本人が拒否したり、体調が急変したりすれば計画は崩れます。「PDCAサイクル」が回らないことに強いストレスを感じ、心身を病んでしまうケースです。 - 孤立(タスクの抱え込み)
「自分がやった方が早い」「他人に任せるとクオリティが下がる」と、ビジネスパーソン特有の責任感からケアマネジャーや福祉サービスをうまく頼れず、すべてを一人で背負い込んでしまいます。 - 被介護者との関係悪化
効率を重視するあまり、親を「管理対象(タスク)」のように扱ってしまい、お互いのプライドや感情がぶつかり合って関係がギクシャクしてしまいます。

優秀な人こそシフトすべき「介護のマインドセット」
ビジネススキルを活かすなら、そのベクトルを「自分が頑張るため」ではなく、「自分が頑張らなくても回るシステムを作るため」に使うのが正解です。
- 「目標の再定義」をする: 介護のゴールは「完璧なケア」ではなく、「共倒れせず、お互いの笑顔を1日でも多く残すこと」です。減点方式ではなく、今日も大きな事故がなかったという「加点方式」に切り替えます。
- 「外注化」のプロになる: 優秀なマネジャーのように、ケアマネジャー、デイサービス、ヘルパーなどの専門家を「チームメンバー」として扱い、上手にタスクをデリゲート(委譲)します。
- 「想定外」を計画に組み込む: スケジュールは常に3割〜5割のバッファ(ゆとり)を持たせ、予定通りにいかないこと自体を「通常運転」と捉えます。
仕事ができる方だからこそ、「介護に100点を目指さない」という戦略的な撤退や手抜きができるはずです。まずは「現在の介護で、一番『自分が手放せるタスク』は何か」を整理することから始めてみるのがおすすめです。
介護に真面目に向き合うこと自体は決して悪いことではありません。ただ、前のめりになるほど、周囲の助けを「介入」と感じて遠ざけ、自分を追い詰めてしまうことがあります。
長く仕事中心の生活を送ってきた方ほど、これらのパターンに陥りやすいと指摘されていますので、上記の対策に取り組んでみましょう。

「男らしさ」「女らしさ」という前提を、一度疑ってみる
ここで、もう少し踏み込んだ視点をお伝えしたいと思います。
ある支援の現場で、2人の男性介護者が紹介されていました。1人は仕事を続けながら、苦手だった家事を懸命に克服し、毎日終業後に急いで帰宅して食事を作る、誰が見ても献身的な介護者です。もう1人は親と同居しながら介護をしているものの、家の中は足の踏み場もないほど散らかり、どこまでがシンクなのか分からないほど皿が積み重なっている状態でした。
一見すると、この2人はまったく対照的に見えます。しかしここで指摘されているのは、実はこの2人に共通する前提があるということです。
それは「男は女性ほど家事ができなくて当然」「女性は家事ができて当たり前」という同じジェンダー観です。献身的に頑張るAさんも、「これだけやっているのだから十分」と考えるBさんも、根っこの部分では同じ価値観の上に立っているというのです。
そしてこの視点は、女性介護者にもそのまま当てはまります。「介護は女性ができて当たり前」と期待されてきたために、しんどさを口にしにくく負担が集中してしまう。「ケアが得意なはず」と思われているために、うまくできないと感じても助けを求めにくくなる。男性は男性で「強くあるべき」「家事や介護は不慣れで当然」という見方の中で、別の形の孤立を深めることがあります。
向きは違っても、「こうあるべき」という思い込みが、助けを求める声を小さくしてしまうという点は共通しています。どちらの孤立が深いかを比べる必要はありません。大切なのは「男性だから」「女性だから」という型を当てはめず、一人ひとりがどんな期待を背負い、なぜ助けを求めにくくなっているのかを見ていくことです。

限界を超える前に――孤立が深まったとき
介護の孤立が深まり疲れが限界を超えると、介護をしている人が高齢者に手を上げてしまうなど、虐待に至ってしまうことがあります。これは性別を問わず、どの介護者にも起こり得ることです。
国の調査でも虐待の発生要因として、認知症の症状への対応の難しさや、介護疲れ・介護ストレスが大きな割合を占めるとされています。

閉ざされた空間で誰にも相談できないまま疲れが積み重なっていけば、人は追い詰められます。虐待は特別な人に起こる出来事ではなく孤立が深まった先に、誰にでも起こり得ること。そう知っておくことが何よりの予防になります。
だからこそ、「大丈夫そうに見える」介護者にも早めに声をかけ、必要な支援につなげていくことが大切です。
もしあなたが今、「このままでは自分が何をしてしまうかわからない」「イライラして手が出そうになる」と感じることがあるなら、それは決して珍しいことではなく、助けを求めるべき大切なサインです。
地域包括支援センターやお住まいの市区町村の高齢者虐待の相談窓口に、早めにつながってください。介護の負担を減らす方法を一緒に考えるための窓口です。

同じ立場で話せる居場所がある
全国には男性介護者同士が集う場もあります。2009年に発足した「男性介護者と支援者の全国ネットワーク」は、2020年時点で1,000人を超える会員と約150の団体をつなぐ存在になっています。
なぜ、男性同士の場が必要とされるのでしょうか。
介護者の集まりは、参加者の多くが女性である場が少なくありません。そうした場に男性が一人で参加すると居心地の悪さを感じたり、「立派な介護者」を演じ続けなければと感じたりして、本音を話しにくくなる人もいます。同じ男性同士の場だからこそ、「買い物に行くのが恥ずかしい」「下の世話がつらい」といった言いにくいことを話せる、という声もあります。
もちろん男性だけの場が合う人もいれば、性別を問わない集まりのほうが合う人もいます。どちらが正しいということはなく、自分が話しやすい場を選ぶことが大切です。
ある会の定例会では、少人数で、話された内容を口外しない、他の人の発言を遮らないといったルールを徹底した上で
「自分でおむつをはくからお漏らししちゃって」
「施設を『ついのすみか』だと分かってきたみたい」
といった日々の近況が静かに語られています。運営者は「せきを切ったように話し続ける人が多い」と話しており、それだけ普段、誰にも話せずにいる人が多いことがうかがえます。
話題になるのは介護の方法だけではありません。女性用下着を買う際の気恥ずかしさや、外出先でのトイレをどちらに入ればよいかといった具体的な戸惑いも共有され、そこから「介護中」であることを示すマークの普及活動につながった例もあります。
各地の「認知症カフェ」にも介護者同士が気兼ねなく話せる場があり、男性介護者向けの集まりを設けている地域もあります。
要介護者本人と介護者が別の場所で過ごせるよう工夫している取り組みもあり、介護から少し離れて息をつける場所になっています。お住まいの地域にどんな場があるかは地域包括支援センターに問い合わせると教えてもらえます。

介護に携わる立場から、お伝えしたいこと
現場で介護者の方と接していて感じるのは、「大丈夫そうに見える」ことと「本当に大丈夫である」ことはまったく別物だということです。
きちんと家事をこなし、冷静に状況を説明してくれる方ほど、私たち専門職も「この方は大丈夫だろう」と安心してしまいがちです。性別を問わずそうなのですが、男性の場合はそこに「男だから」という見方が重なって、確認がさらに後回しになりやすいのではないかと感じています。
だからこそ、介護に携わる立場としては、「困っていそうに見えるか」ではなく、「困っていないか、きちんと確認する」という姿勢を意識して持ち続けたいと思っています。「男性だから、女性だから」という前提で関わり方を変えるのではなく、一人の介護者としてその方自身の言葉に耳を傾けていくこと。これに尽きるのだと思います。
もしあなたの周りに黙々と介護をこなしている人がいたら、「大丈夫?」という一言をかけてみてください。その一言が誰かにとっての「せきを切る」きっかけになるかもしれません。

【おわりに】「こうあるべき」を手放して、助けを求められるように
「男だから、弱音を吐いてはいけない」「女だから、できて当たり前」。こうした思い込みは長い時間をかけて築かれてきたもので、本人だけでなく周囲にも染み込んでいます。
しかし、介護という終わりの見えない大きな責任を背負う中で、一人で抱え込み続けることは美徳ではありません。
助けを求めること、
弱音を吐くこと、
誰かに頼ること。
それらすべて、介護を長く健やかに続けていくために必要な立派な力です。地域の相談窓口も、同じ立場の人が集まる居場所も、あなたが声を上げたときに力になってくれます。
介護は頑張るものではなく、続けるもの。
そしてそれは性別に関わらず、すべての介護者に共通する願いなのだと思います。
もっと詳しく知りたい方へ
男性介護者が置かれている状況を背景も含めてじっくり知りたい方には、『男が介護する-家族のケアの実態と支援の取り組み』(津止正敏著/中公新書)をおすすめします。
著者はこの記事でご紹介した「男性介護者と支援者の全国ネットワーク」を立ち上げた研究者で、各地の男性介護者の声や集い支え合う活動、仕事と介護の両立の課題が豊富なエピソードとともに紹介されています。
介護する男性が時代の中でどう語られてきたかにも触れており、「男らしさ」という前提を考える手がかりにもなります。虐待や心中といった重いテーマにも向き合った内容なので、気持ちが疲れているときは、無理せず読み進めてください。
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