「介護はAIに奪われない仕事」とよく聞きますが、その根拠が「心」「思いやり」といった抽象的なものであることに、私たちはもう少し慎重になるべきかもしれません。
何故ならヒトが心や思いやりを語る時、そのヒトには心や思いやりがある前提となっているからです。もちろん誰にでも心や思いやりはあるものですが、しかしそれはAIと比較してハッキリと優位なものと言えるのでしょうか。
そこで今回は
・AIとは何か
・ヒトの心とは何か
・「心」「思いやり」がヒト・AIにはあるか
これらを学び直し、人間とAIの違いを浮き彫りにした上で「AIは介護職から仕事を奪うのか」について整理していきます。
「AIとは何か」を学び直す
以前もお話ししたように、AIとは「人工知能(Artificial Intelligence = AI)」のことです。
人工知能、AIとは、「『計算(computation)』という概念と『コンピュータ(computer)』という道具を用いて『知能』を研究する計算機科学(computer science)の一分野」を指す語。
「言語の理解や推論、問題解決などの知的行動を人間に代わってコンピュータに行わせる技術」または、「計算機(コンピュータ)による知的な情報処理システムの設計や実現に関する研究分野」ともされる。
このAIの中でも現在注目を浴びているのが『生成AI』です。
生成的人工知能または生成AIは、文字などの入力(プロンプト)に対してテキスト、画像、または他のメディアを応答として生成する人工知能システムの一種である。ジェネレーティブAIともよばれる。
生成AIは、アート、執筆、ソフトウェア開発、ヘルスケア、金融、ゲーム、マーケティング、ファッションなど、幅広い業界で応用できる可能性があるとされている。
この生成AIが更に進化した先に「AIエージェント」「AGI(汎用人工知能)、フィジカルAI」「ASI(人工超知能)」と呼ばれるものがあり、AIがもたらす影響を考える上で知っておいた方が良い知識となります。
AIエージェントでは、人間が「何を」してほしいかを伝えるだけで、AIが「どのように」実行するかを考え、行動するようになります。そしてAIエージェントを特定の目的を達成するために自律的に振る舞う「機能」や「システム」とすると、AGIは人間のように汎用的な知能を持つ「存在」と言えます。
そのAGIとロボティクス(ロボットの設計・製作・制御を行う「ロボット工学」全般)が合わさる時、『フィジカルAI』が誕生します。これは、それまでサイバー空間でしか情報収集できなかったAIが人間と同じ物理空間で、人間とは異なる方法で自律的に「経験」を蓄積し、新たな知識を獲得し始めることになります。
またAGIは超知能に至る可能性が高いと言われており、人工の超知能を人工超知能(ASI)と呼びます。人工超知能が実現した場合、人類は本質的にその行動・思考・原理を理解できない可能性があります。
AGIないしASIはまだ実現されていないものですが、これらは私たちの生活をより良くしようとする流れの先に待ち受ける未来です。もちろん介護・福祉分野においてもこの流れは受け入れられ、介護・福祉現場にもAIテクノロジーが次々と導入されることは明白です。
知的エージェントまたはAIエージェントとは、一種の人工知能(AI)的機能を有するソフトウェアエージェント。
ユーザーを補助し、繰り返し行うべきコンピュータ関連のタスクをユーザーに代わって行うエージェントである。通常のエージェントは、固定的なプログラムされた規則に基づいて操作者の補助やデータマイニング(ボットなどと呼ばれる)に使用されるのに対して、知的エージェントは学習し「適応」する能力を有する。
汎用人工知能とは、人間が実現可能なあらゆる知的作業を理解・学習・実行することができる人工知能(AI)である。
汎用人工知能は未だ実現しておらず、一般的には今後数十年以内に実現すると見積もられているが、現状の手法の延長線上では実現できないとする意見や将来的にも絶対に完成しないとする意見も存在する。
超知能とは、もっとも天才的なギフテッドの人間をはるかに上回る知能を有する仮説上の主体である。 超知能は、ある種の問題解決システムの属性を指す言葉として用いられることもある。
人工超知能(ASI)といった超知能の創造は、人工知能(AI)における知能爆発 (intelligence explosion) の結果としてもたらされる可能性があり、同様に技術的特異点と関係する可能性もある。
人工超知能が実現した場合、人類は本質的にその行動・思考・原理を理解できない可能性がある。
AIには何ができるか
AIの主な活用法は以下の通りです。
【データ分析と予測】
→大量のデータを高速に処理し、パターンを発見することで予測分析や意思決定の支援などが可能。
【自動化と最適化】
→反復的な作業を自動化し、人間の手作業を代替する。最適化のアルゴリズムを使用し、効率的な意思決定や最適解を見つけることができる。
【知識処理と対話】
→自然言語処理技術を用いて人間との会話や質問への回答が可能。蓄積されたデータを活用して専門的な助言や意思決定支援ができる。
身近な例では「音声アシスタント」や「音声認識アプリケーション」、「自動運転や運転サポート」「チャットボット」「電話自動応答システム」「医療分野での診断・提案・サポート」など、幅広い分野でAIが活用されています。
例えば介護・福祉分野で見ると、AIアシスタント機能を備えたAmazon Alexa(アマゾン アレクサ)が高齢者の見守りに役立っています。呼びかけ機能によって家族とのコミュニケーションが簡単に行えるだけでなく、服薬・通院などの予定をリマインドしたり、Alexa対応スマートホームデバイスの家電操作を音声で行ったりすることができます。
詳しくはこちら
他には会話AIロボット「Romi」は会話AIが自然な雑談を生成し、100種類以上の表情で感情豊かなことが特徴です。
Romiには高性能カメラとAIを組み合わせて「目で見たものがわかる」機能や、長期記憶保存とAIによる「思い出をはぐくむ」機能などがあり、また自然な見守り機能を通じて家族の様子をスマホアプリで確認することもできます。
詳しくはこちら
ヒトの心とは何か
次に「ヒトの心とは何か」を見ていきましょう。
実は心の定義は一つに固定できるものではなく、どの分野から見るかによって意味が変わります。そのため「共通する部分」と「各分野の解説」を簡潔にまとめていきます。
【共通する部分】
・人間の理性・知識・感情・意志などの内的な働きの総体
【各分野の解説】
[認知心理学]
・知覚・記憶・言語・思考などの情報処理プロセス
[哲学]
・思考、感情、意識、感覚(クオリア)を指す主体的な内面体験
(クオリアとは、感覚的な意識や経験のこと)
[神経科学]
・脳活動の結果として生じる現象
このように並べてみても「心とは何か」を一言でまとめることは難しく、この心を「AIが介護の仕事を奪わない拠り所」としている現状を理解すると、冒頭にて「慎重になった方が良い」とお話しした理由が伝わったのではないかと思います。
AIが提供するものは科学に立脚した現実的・具体的なものであるのに対し、心とは抽象的・概念的なものです。心を科学的に解明する動きはあれど、現状では確かな定義はなく曖昧なものですから、AIが心を持った場合にはその拠り所すら失ってしまう可能性が出てくるのです。

心に関係するものとして『自我』についても見ていきます。
自我とは「知覚・思考・意志・行為などの自己同一的な主体として、他者や外界から区別して意識される自分」(自我(ジガ)とは?意味や使い方-コトバンク)のことです。端的に言えば自我とは「自分」と「自分以外」を分けるものです。
自我と心との関係性を見ると
・心ー総体(全体)
・自我ー主体
と捉えることができます。人にせよAIにせよ、この自我の存在が心に大きな影響を与えることになると考えられますから、「AIは介護職から仕事を奪うのか」の答えは「AIは自我を持つのか」に集約されます。

「AIは自我を持つのか」はAIのフレーム問題からわかる
AIは自我を持つのか。この問いは「AIのフレーム問題」から見ることができます。
AIのフレーム問題を簡潔にまとめると「AIは自分自身で目の前の出来事の優先順位をつけられない」ということです。
フレーム問題とは、人工知能における重要な難問の一つで、有限の情報処理能力しかないロボットには、現実に起こりうる問題全てに対処することができないことを示すものである。
一つの可能性が当面の問題と関係するかどうかを、どれだけ高速のコンピュータで評価しても、振るい分けをしなければならない可能性が無数にあるために、抽出する段階で無限の時間がかかってしまう。
自我とは知覚・思考・意志・行為などの自己同一的な主体のことですから、自我を持つ以上「振るい分けをしなければならない可能性」を自分の主体で決めることになります。そしてこの振るい分けが「自分か、自分以外か」を決める営みであり、AIはフレーム問題を自ら解決してこそ「自我を持った」と言えます。
現状AIはこのフレーム問題を、人間の判断を模倣して回避することはできても直接的には解決していないと言われており、今のところAIには自我はないと考えられます。
ヒトの自我はどのように生まれるか
一方で、ヒトの自我とはどのように生まれるのでしょうか。
米心理学者エリック・H・エリクソンの心理社会的発達段階で見れば、ヒトの自我は生涯にわたる心理的・質的変化の過程によって形成されます。周囲との関係性から心理的な課題と向き合う中で、導かれる要素を得られるかどうかを経験し、その成功・不成功の経験が統合された時に正常な成長がもたらされるとされています。

「心」「思いやり」がヒト・AIにはあるか
ヒトの心やAIの自我についてお話ししてきたことで「人には『心』や『自我』があってAIにはないのだから、やっぱり介護はAIには奪われない仕事だ」と感じた方も多いでしょう。
それは現時点では事実と言えそうですが、しかしここには二つの疑問があります。その疑問は
①AIはこれからも自我を持つことがないのか
②ヒトの心、思いやりは機能しているか
この2点です。
これらに対して十分な答えを持たないままでは、これからの介護・福祉におけるサービスの質や専門性・生産性に関する骨子となる『個人の尊重』『自立支援』、また本質的には『生命の価値』の保障が実践できているかも不明瞭となります。
なぜなら、AIが今後自我を持つのであればヒトとの差が縮まり、提供されるサービスの質や専門性・生産性などは『定量的な最適解』を是とするようになり、「心」「思いやり」はある前提とされて評価軸としての価値を後ろに追いやられること。
また自我を持ち「心」「思いやり」があるとされるヒトの介護が、現在でも利用者の心のケアや温かみのある介護として十分機能していること。
これらを検証しないままでは「AIは介護の仕事を奪うのか」についての答えが出せないからです。

①AIはこれからも自我を持つことがないのか
まず「AIはこれからも自我を持つことがないのか」については、将来的な可能性に関しては未解決とされています。
・現行のAIに意識や自我があるという証拠は存在しない
→ 自己言及的な応答や高度な行動をしても、それは学習・設計に基づくものであり、主観的な意識を示すものではありません。これは研究者の間で広く共有されている見解です。
・将来的な可能性は未解決
→ 機能主義的立場では実現の可能性を認め、生物学的自然主義では否定的。さらにIIT・GWT・HOTといった理論が競合しており、科学的結論は出ていません。
将来的に未解決とは言え、先にお話ししたAGI(汎用人工知能)とロボティクスを組み合わせたフィジカルAIの実現が現実味を帯びた時、話は一転する可能性があります。何故ならこれまでサイバー空間での学習しかできなかったAIが現実世界の情報を獲得するフィジカルを持った場合、ヒトが自我を形成する過程をフィジカルAIが持ち得るからです。
ただしその自我形成が人間と同じものかは判別がつかず、フィジカルAIが獲得したものを「自我」と呼べるかはわかりません。おそらく厳密な部分において「AIが自我を持った」と認められるのは難しいでしょう。
しかし実社会においてはそうした厳密な部分は求められておらず、多数のヒトが「AIが自我を持った」と感じられれば、あるいは「AIが自我を持った」と捉えることがヒトの利益になる場合に、表面的・限定的に「AIの自我」が認められることは十分あり得ます。

例えば「AIの自我」を表面的・限定的に取り扱ったと考えられるものとして『AI恋愛』や『AI故人』と呼ばれるサービスがあります。AI恋愛はAIとのやり取りで恋愛を体験するサービス、AI故人は故人の生前データを御本人・御遺族許可のもと、AI技術によって動きや音声を限定的に利用するサービスです。
これらは共に「ヒトの心に対するケア」であり、サービス提供で使用されるAIには自我がある前提でなければ成り立たないものと言えます。AI恋愛での相手(AI)に自我がなければその恋愛は虚となりますし、AI故人での故人(AI)も同様に「故人の自我」がなければ故人の尊厳を冒涜する形にもなりかねません。
実際にはそうした「厳密な部分」は後ろに置き、AIサービスによって得られる臨場感を人々は大切にするのですから、現時点でも表面的・限定的にAIの自我を認める動きはあると言えます。
②ヒトの心、思いやりは機能しているか
次にヒトの心、思いやりは人が思うほどに「ある」ものなのかについて見ていきます。
ツクイの2024年度顧客満足度調査では、各介護サービスを対象とした調査によって総合満足度において「とても満足」が61%と上昇傾向にあるとの結果が出ています。
一方で同じ介護・福祉分野でも
・介護職員による高齢者虐待件数が過去最多を更新
・障害者福祉事業者による不正が相次ぐ
といった事象も起きており、介護サービスを提供する職員や事業者全てに「心」「思いやり」があると考えるのは早計だと言えます。
また介護・福祉から離れて「ヒト」全体で見た場合でも
・日本人の死亡原因の第一位が10代後半から30代後半までが自殺、40代以降が悪性新生物である統計的事実
・いじめの認知件数が過去最多かつ増加傾向
・DV件数が2020年をピークに高水準で推移
といった統計的事実を目の当たりにすると、語られるほどにヒトの「心」「思いやり」が現代社会で機能しているかには疑問が残ります。

思いやりの定義から見える、AIとヒトの課題
改めて「思いやり」の定義とは以下の通りです。
思いやり、思い遣り、思遣(おもいやり、おもひやり)とは、
①他人の身の上や立場、心中・心情についての察し、気遣うこと、察して心を配ること、労りの気持をもつこと、また、その気持ち、同情。恕。
②他人の事情や心中・心情を推し量ること、想像、推察。恕。
③深く心をくだいて、物事の道理、状況などをよく考え、理性的に判断すること。思慮分別。
この定義を見ると、思いやりとは「思いやる対象」が認識できて初めて起こり得るものだとわかります。
AIは学習によってパターンを認識することができますが、「対象そのものが何であるか」という『意味』については認識していません。
例えばAIは人間っぽい画像をたくさん学習することで「この画像は人間である」と分類することはできますが、その人間がどのような人物なのか(=意味)はまた別の情報を必要とします。そしてその情報を自主的に集めることはできず、人間からの教育によって「自主的とは何か」を学んで初めて自主的に情報を集めるフリができる訳ですから、その情報が何であるかという意味を理解することはないのです。
AIにできるのはあくまで学習であり模倣であって、自我を持つ主体的な行動ではないのですから、現行のAIが提供できる「思いやり」とは人間から教わった『仕草』が限度です。
(AIが人間と同じ現実世界から情報を認識できるフィジカルを持った場合は異なる)

人間は多くの場合、成長過程で情報とその意味を学んでいきます。しかし先のエリクソンの発達段階のように自我形成における成功・不成功の統合がうまくいかなかった場合、成長過程が途中で止まったまま歳を重ねることとなります。
こうなると未解決の発達段階のまま社会を生きることになり、相手への想像力や共感性を見失い、消化しきれない課題が不安や苛立ちなどの形で現れ、様々な弊害を生み出すことは先にお話しした通りです。
つまるところAIは技術的に相手を思いやることができず、ヒトは成長過程によって相手を思いやることができない可能性がある、という話になります。AIの課題は技術、ヒトの課題は精神のあり方と言えます。
精神は、心、意識、気構え、気力、理念、などといった意味を持つ言葉。
そしてこのように課題を浮き彫りにすれば「AIは介護の仕事を奪うのか」についてもある程度の答えを出すことができます。
「ヒトが成長を怠り、自らの精神のあり方を軽んじれば、AIの模倣を『良し』として介護の仕事は奪われ得る」と。

【まとめ】ヒトの心や自我、そしてAIを知ってこその『思いやり』介護
今回は「AIは介護の仕事を奪うのか」について、AIに関する情報と現状、ヒトの心と自我、思いやりを論理的・科学的に整理。そこで出された答えとは「ヒトが成長を怠り、自らの精神のあり方を軽んじれば、AIの模倣を『良し』として介護の仕事は奪われ得る」というものでした。
AI技術の発展は止められない為、自らの精神のあり方を軽んじて成長を怠れば、AIの模倣した「心っぽいもの」「思いやりっぽいもの」で妥協するタイミングが訪れます。その時が「AIによって介護の仕事が奪われる瞬間」であり、AI恋愛やAI故人などのサービスが現時点で提供されている以上、それはそう遠くない将来に起き得ると考えられます。
こうした流れの中で介護・福祉職に求められる姿勢は何か。
それはAIをはじめとしたテクノロジーやヒトの心、自我についての理解を深めて「ヒトとAIが共存する介護のあり方」を模索することです。

ヒトの心や自我、そしてAIとは何かを知らないまま「ヒトの介護には温かみがある」「心のこもったケアは人間でこそ実践できる」として『思いやり介護』を拠り所にするのは、どこか現実逃避にも見えます。
ヒトの行う介護にどれだけ「心」や「思いやり」があるかを測るには、心や自我を理解する必要があります。また今後AIが行うであろう介護に「心」や「思いやり」があるかを測るには、AIへの理解が欠かせません。
それら抜きに語られる『思いやり介護』には理性による批判が欠け、「私がこう感じるのだからそれが正解だ」といった『思い込み介護』に陥る危険性を残しているように思えてなりません。
そうした危険性を避けるために、今回の記事ではヒトの心や自我、AIについて現時点でわかる範囲をお伝えしました。この記事を読まれた介護・福祉職の皆様は職場等で共有していただければと思います。
なお、介護・福祉職で「ヒトとしての介護」を提供したいと考えるのであれば、以下の記事がおすすめです。併せてお読みください。









コメント